tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

17歳 海へ

2006-10-04 20:16:14 | old good things

極度に張り詰めた空気を切り裂いて,怪鳥の声のような気合が夕暮れの道場にこだました。
試合を見学する周囲の雑音は途絶え,いまは相手の呼吸と剣先だけが意識を占めていた。
試合中のこんな感覚を,過去に2~3度経験したことがあった。相手の剣先を通して,道場,いや外界のすべてが見渡せような感覚。(今日は,ひょっとして調子いいぞ・・・・)
恐らくこのような感覚は,極度に意識を集中させると,脳内のシナプスが回路を強化して他の感覚が相対的に低下することによるのかもしれない。あるいは,脳内モルヒネ様物資,ベータエンドルフィンの作用か。
ランナーズハイの原因とされるその物質は,いわゆる麻薬成分で,精神的あるいは肉体的な苦しさを低減する自己防衛的な生理作用を起こすことが知られている。

前にこのような感覚になった時も,試合に勝てたような気がする。技を出しているのは意識ある自分ではなく,体が脊髄が勝手に反応して行く。僕は,ただそれを外から見守るだけ。
あたかも,プログラム通りに自動制御された機械のように,的確に相手の動きに合わせて体が反応していく。

中学校からはじめた剣道は,もともとは父親から無理やりやらされたものだった。
当時,未知だった体育会系クラブの雰囲気に恐れをなし,むしろ科学クラブ志向だった僕に対し,掘りごたつだったので星一徹にように夕飯のちゃぶ台をひっくり返すわけにいかずに,湯飲み茶碗を投げつけてきた父に気合で負けて剣道部への入部を決心した。
子供と滅多に会話をすることがなかった父の,激しい一面を垣間見せられたひとときであった
だいぶ前は女子高だったという高校に進学した時も,クラブ活動に剣道を選んだのは,ただ単に中学校からの剣道仲間が何人かいるからという単純な動機だった。
だから,試合で人に勝とうとか,高校の3年間を剣道に打ち込むなどといった高尚な気持ちはさらさらなく,惰性で毎放課後,剣道の練習をしていたにすぎない。

しかし,8人しか男のクラブ員がいない東北の田舎の弱小高校剣道部で,5人の県大会の予選出場選手を決めるというこの試合だけは,負けたくなかった。
順当に考えても,僕を含めた中学からの経験者であった4人の3年生が確定で,2年の部員のうち,中学校の時にずば抜けたキャリアを持つこいつが選ばれるはず。
残りの部員は高校から剣道をはじめた初心者なので,補欠が順当なはずである。ところが,ぼくとソリが合わずに,なにかにつけいつも衝突するクラブ顧問は,県大会勝つためにメンバーを選ぶとして,その日のクラブ内の試合を組んだ。
・・・ましてや,他の高校がうらやむような十数人の女子の後輩部員の見ている前で,年下のこいつに負けるのはどうしても嫌だった。

お互いに練習を通して相手の手の内は知っていた。
やもすると,僕よりも身長の高いそいつは,僕がメンを打って出ないことを見透かして,無用心に間合いを詰めてきた。そのつめた瞬間,僕の全身の筋肉が縮み,そして伸びた。面がねの奥に,相手の驚愕したまなざしが見て取れた。
プチトマトを噛み潰すような竹刀の感触があり,メンが決まった。技を繰り出し,場外まで駆け抜けた僕に,審判をしていたクラブ顧問は目をそらした。技が決まったことを示す旗は上がらない。開始線に戻る途中,顧問をにらみつけたが,すずしい顔でいた。
顧問に場外反則を言い渡され,試合が再開した。
相手は,またも無用心に前に出てきた。その瞬間,こんどは紙風船を叩き潰すようなはでな音とともに会心の手ごたえがあり,メンが決まった。
技はすべて,体が勝手に繰り出していた。僕は相手の剣先を通して,外界のすべてが見渡せような感覚に身を置いていた。
今度は,顧問も旗を上げざるを得なかった。
こちらのメン打ちに動揺した後輩から,2本目を奪うのは簡単だった。メンに注意が集中しているその小手先に,もっとも得意技とするコテがたやすく決まった。

県大会予選での試合は,ぜんぜん覚えていない。もちろん,弱小の剣道部なので簡単に負けたのだが。日常であふれていた負け試合は全く記憶に残らない。

高校3年間のうち,かなりの時間を費やしたはずの部活。それが終わろうとしていたが,感傷に浸るような気持ちは全く起こらなかった。
竹がささくれて,場合によっては折れてしまうかもしれない竹刀を,新しいものと替えるつもりもなく,高校時代最後の試合は過ぎていった。
もう,剣道はおわり・・・。竹刀を折る・・・・。この大会が終われば,いいかげん大学入試の勉強をはじめなきゃ・・・
でも,その前に,海だ。

結局,県大会の予選に初戦敗退し,仲の良かった友と海へ行った。・・・そう,海。それはやるせない青春の労苦を禊ぎ洗い清めてくれたナンパとサーファーの王国。あの日を思い出す。
・・・大学に入ったら,こんな根暗なスポーツじゃなくて,テニスでもするどー。・・・
と考えていたが,大学では性懲りも無く剣道同好会に入部した。ここで全国レベルの剣士にで会い,レベルの違いを見せ付けられた。
格好から入っていた僕は,剣道は格闘技なんだよと,当たり前のことを思い知らされた。おいら剣道の才能はねえよ。すべては,遠い過去の話。

あこがれのテニスギャルと話ができるようになるまでは,それから6年待たなければならない。そして水着を着たダイビングギャルはさらに4年の月日を要した。

♪エンジン・フードで卵が焼けるほど
あの娘はとばして浜辺についた
ゆうべ天気図にたくさん線ひいて
台風の位置を確めたのさ♪ by ユーミン

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする