雨の降る夜のサヌールの道を、松葉杖を小脇にかかえて、プナのバイクでタンデムになって送ってもらってホテルへ帰還。ロビーの脇のラウンジには、客は誰もいず、生ギターの演奏が響いていた。最後の夜ぐらいと思って、ラウンジのカウンターに座る。バーテンダーは、クシャナとゲデ。ともに30代後半。ライム小片を搾ったアラックをもらい、それが終わるとビンタンビールへ。カウンターの奥の棚には世界中の酒のボトルが飾ってあった。ワインやヴェルモット、そしてスピリッツ。日本の焼酎のボトルもある。みんな、はるばる海を越えてやってきたのだろう。
テーブル席に中年のコーリアンの男2人がやってきて声高に話をしていたのだが、そのうちに卒業旅行の日本人の若者グループが押し寄せてくると、彼らはどこかに退散してしまった。
ぼくは、初めてのバリの夜に、ロビーを通りかかった時に聞こえてきた「ティアーズ・イン・ヘブン」をリクエストした。最後のバリの夜、エリック・クラプトンのこの曲は、ぼくの心にしみいった。神々の島バリ。ぼくはここに留まることはできない。クシャナとゲデが、逢ったばかりの別れを惜しんでくれる。スラマ・ジャラン。そう、ぼくは明日、バリを離れる。
♪私の名前がわかるだろうか もし天国で君に会えたら。 これまでと同じだろうか もし天国で君に会えたら♪
そして、翌朝。バリ島最終日。朝から日が射して、プールでは水音が響いていた。ホテルはレイトチェックアウトが可能で、夕方6時まで部屋を使うことができる。旅行会社のピックアップは、夕方7時の約束だった。
ホテルの部屋の机の上のたくさんのサラック。例によって朝食をたくさん食べて、もうお腹には入らない。どう処理しようか迷って、おとといの晩にジャズバーで出会ったコーリアンの女の娘スクにプレゼントすることに。ホテルのフロントに持って行くと、なんとか、彼女に渡して貰えそうだった。
バリで過ごす最後の日、ぼくはホテルでのんびり過ごし、前にマッサージをして貰った女性を訪ねて再びマッサージをしてもらった以外は、ほとんど何もしなかった。飛行機がバリを離れるのは深夜だったから、海辺でのんびりと過ごすこともできたはずだ。でも、このホテルの庭をのんびり眺めながら、いろいろなことをゆっくり考えて見たかったのだ。バリは、実に馴染みやすく懐かしく、ゆったりと落ち着ける場所だった。穏やかに、ゆっくりと、けれども心の奥深くまでじわじわとしみこんで、しかも、自分の何かが少しずつ変わっていくような、そんな感じがあった。
そして、大事なことが一つ、ぼくにはある。日本に帰って、足を骨折して世話になった多くの人に、有形無形の恩返しをすること。
チェックアウトを済ませてから車が来るまでロビーで待っていた時、行きかう人々の笑顔など、なにげない光景に名残惜しさを感じ、愛おしく思えた。こうした名残惜しさが、次の旅に繋がっていくのかもしれない。