取締役権利義務者(会社法第346条第1項)が破産手続開始の決定を受けた場合,どうなるか?
この場合,平成17年改正前商法下においては,取締役の退任の登記が認められていたが,同様に取り扱ってよいであろうか?
取締役が破産手続開始の決定を受けた場合は,会社法上の欠格事由には該当しない(会社法第331条参照)が,株式会社と取締役との関係は,委任に関する規定に従う(会社法第330条)ことから,委任の終了事由に該当し(民法第653条第2号),退任することとなる。
取締役権利義務者の場合も,同様に取締役権利義務者の地位を失い,退任の登記を認めてよいと考えるのが自然なように思えるが,果たして委任に関する規定に従うと考えてよいであろうか?
この点に関する論文等は,見当たらないようであるが,葉玉さんは,取締役権利義務者について,「会社法第330条が適用される」との説であるようだ。
http://blog.livedoor.jp/masami_hadama/archives/50903410.html#comments
しかし,取締役が任期の満了又は辞任により退任した時点で委任関係は終了しており,会社法第346条第1項の規定は,委任の終了後の処分に関する民法第654条の規定の特殊な類型であるといえる。また,会社法第330条は,単に「役員」と規定しており,役員権利義務者を含む旨を規定していない。したがって,取締役権利義務者に関して,会社法第330条を「適用」して,委任に関する規定に従うと考えるのは妥当でないであろう。同条の適用又は類推適用を否定しても,「契約関係は承継されないが,契約上の個別の請求権を承継するということは背理ではない」(「論点体系判例民法6 契約Ⅱ」(第一法規)104頁)と考えれば,不都合はない。
なお,会社法第346条第1項は,「任期の満了又は辞任により退任した役員」についてのみ,役員等に欠員を生じた場合の措置について定めており,他の事由(例えば,破産手続開始の決定を受けた場合)により退任した役員については適用されないことから,取締役権利義務者が破産手続開始の決定を受けた場合に,その地位を失うと考えることも可能といえそうである。
しかしながら,取締役権利義務者の解任の可否に関する最高裁判決(平成20年2月26日民集62巻2号638頁)が,「会社法346条1項に基づき退任後もなお会社の役員としての権利義務を有する者の職務の執行に関し不正の行為又は法令・定款に違反する重大な事実があった場合に,同法854条を適用又は類推適用して株主が訴えをもってこの者の解任請求をすることは,許されない」と判断していることとの平仄からも,取締役権利義務者が破産手続開始の決定を受けた場合に,民法第653条第2号の規定を適用又は類推適用して,その地位を失うと考えるのは妥当でないであろう。
cf.
平成20年2月26日付「取締役権利義務承継者の解任の可否(最高裁判決)」
以上のとおり,些かの違和感はあるものの,取締役権利義務者が破産手続開始の決定を受けた場合であっても,その地位は失わないと考えるべきであり,これを理由とした取締役の退任の登記は受理されるべきではないと考える。
それでは,取締役権利義務者が,会社法第331条各号に掲げる欠格事由に該当した場合は,どうか?
この場合は,平成17年改正前商法下と同様に取り扱い,取締役の退任の登記を認めてよいであろう。確かに,会社法第331条柱書は,「取締役」と定めているのみであるが,取締役の欠格事由に該当する者が取締役権利義務者の地位にあり続けるのは妥当ではないから,同条を類推適用して,取締役権利義務者はその地位を失うと考えるべきである。