降って来るもの

写真と散文とぽえむ

anataの・・

2020-01-14 22:04:09 | 詩19

 

      anataの

 

僕が僕の俎板で刻むものは

僕の笊で濯ぐものは

僕のbowlで捏ね回すものは

僕の鍋で煮炊きするものは

 

僕と云う性根が生み出すものは

僕と云う心血が搾りだすものは

僕と云う細胞が形成するものは

僕と云う思惟が紡ぎ出すものは

 

anataの何?

 

僕の漏らす吐息は

僕の零す哀楽の滴は

僕のutaの一節は

僕の響かせる音は

 

anataの何?

 

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とんど

2020-01-14 06:30:09 | 日記

   ~~~ヾ(^∇^)おはよー♪ございます

 1/11 曇天の日曜日、予定通り自治会の今年度最後の行事「とんど」を行いました。役員なので、10時からの本番に備えて8時には集合。竹藪に行って生竹を切り出し、トラックに満載して櫓を組む田圃へと運んで降ろし・・

09/10、組み始めます。

三々五々集まってくる自治会の人の中で、最長老に敬意を表して点火の役目を。

燃え出す

年々小振りになってゆきます

 半世紀以上も前の故郷の”とんど”と云えば、その当時、故郷には20数件の家と百人余りの村人が居て、東と西の二か所に別れ、それぞれに壮大さを競って櫓を組んだもの。

 僕が所属した「東で」でも大人総出で巨大な竹のツリーを組み立て、大きな炎の周りで村人同士の新年初の交流をしたのだった。

 子供は一人一人”書初め”で書いた習字紙を竹の先に結び付けて持ち寄り、とんどの炎に晒してその燃えカスが舞い上がる高さを競ったものだ。古老曰く、高く上がれば上がる程書が上達すると。

 それから正月の鏡餅を持ち寄ってとんどの火で焼き、それを小さく千切ってはあらゆる生き物の名を呼んで、例えば”蛇の口””カエルの口”虫の口”その果てには″ノミの口”などと叫んで炎の中へ放り投げたものだ。今にして思えば、それはきっと生きとし生けるもの総てと新年を迎えた喜びを共有する為の所作だったに違いない。

 とんどが終われば、先に火が付いたままの竹を後生大事に抱えて帰り、「からしや」と呼ばれた台所の隅において”火の用心”のお守りにしたものだった。

 ”とんど”に関するそんないろいろな言い伝えは、僕らの年寄りが皆彼岸に渡ってしまって最早聞こえなくなった。今は僕らの年代の記憶の片隅に留まるだけの出来事になってしまった。

 毎年絶やさぬようにと続けられる現代の自治会の”とんど”の催しは、人々が正月飾りを償却する場として提供されているだけで、寂しいことに、そこに昔日の”ふくよかさ”は含まれていないのだ。

ともあれ今年はお餅を焼いて

振舞った。

孫も来た

恒例の”とんど”で熱燗にした”お神酒”もよばれた。

雨が降り出すという午後までに今年の”とんど”も無事終了したのだった。

            01/14 07:14 まんぼ

 

 

コメント (4)
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