友人のYさんが、暑中見舞いを兼ねて、長文の山行記録を送ってきてくれました。
Yさんは私より10歳ほど年下の人で、私が現役時代、職場の山の会で何回か一緒に山登りをした方です。
彼の山行記録によると、8月8日から11日まで、3泊4日で北アルプスの裏銀座を一人で縦走してきたというのです。

長野県大町市の高瀬ダムから日本三大急登と言われるブナ立尾根を登り、烏帽子小屋、野口五郎岳、水晶岳、マリモ岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳、双六岳、槍が岳から上高地に下るコースは、通称、北アルプス裏銀座と呼ばれ人気のコースです。
彼がこのレポートを送ってきてくれたのは、12年前にYさんも私も含む10人ほどで、このコースを歩いたからです。
彼のレポートを読みながら、12年前の山行が昨日のことのように思い出され、懐かしいい気持ちで読ませてもらいました。天気は、今回の方が良かったようで、全行程眺望に恵まれたようで、とても羨ましく思いました。
前回と違うことは、私たちの時は最後は槍が岳に登らず、双六小屋から新穂高に下りました。
Yさんは最後、槍が岳にも登ったことです。槍が岳の頂上は、順番待ちの渋滞だったそうですが、それでもしっかり狭い頂上にたち眺望を楽しんだそうですからとても羨ましく思いました。

槍ヶ岳には私も懐かしい思い出があります。
私が山をやり始めて最初に登ったのが、槍が岳でした。
私が60歳で定年退職した年で、16年前になります。職場の後輩のTさんが「定年退職したら暇もできるだろうから山でもやったら・・・」と連れて行かれたが槍が岳でした。当初は、表銀座縦走の予定でしたが、焼岳の噴火で登山道が崩落して表銀座は通行止めでした。
上高地から入り、槍沢ロッジ泊(ここにお風呂があるのに驚きました)翌日、槍ガ岳に向かい急登を喘ぎ喘ぎ登り、頂上直下の槍が岳山荘に午後1時すぎに着きました。雷雨のため、リーダーのTさんの指示で、小屋で天候回復を待っていました。そこに、頂上を目指した奈良から来た人が、登っていたはしごに雷が落ち、転落して骨折したとの報が入りました。
結局、その日の登頂は出来ませんでした。次の朝も、大雨で頂上は諦め、小屋から上高地に向かい下山しました。下るに連れ、天気もよくなりました。頭上を前の日に大腿部を骨折した奈良の人を救助したヘリコプターが飛んでゆきました。その時は、燕でも落雷で遭難した人がいたそうです。山での、雷の怖さを最初の山行で体験しました。
そんな訳で槍が岳は頂上直下までは登りましたが、残念ながら頂上には立っていません。
現在の私の体力からして、高い山を目指すより、花や眺望を楽しみながら余裕をもって歩けるコースしか行けそうもありません。
Yさんの山行記録を読みながら、また往年の山仲間と山登りに挑戦したいとつくづく思いました。
懐かしい山名を読み胸躍るまた登りたいアルプスの山々
Yさんは私より10歳ほど年下の人で、私が現役時代、職場の山の会で何回か一緒に山登りをした方です。
彼の山行記録によると、8月8日から11日まで、3泊4日で北アルプスの裏銀座を一人で縦走してきたというのです。

長野県大町市の高瀬ダムから日本三大急登と言われるブナ立尾根を登り、烏帽子小屋、野口五郎岳、水晶岳、マリモ岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳、双六岳、槍が岳から上高地に下るコースは、通称、北アルプス裏銀座と呼ばれ人気のコースです。
彼がこのレポートを送ってきてくれたのは、12年前にYさんも私も含む10人ほどで、このコースを歩いたからです。
彼のレポートを読みながら、12年前の山行が昨日のことのように思い出され、懐かしいい気持ちで読ませてもらいました。天気は、今回の方が良かったようで、全行程眺望に恵まれたようで、とても羨ましく思いました。
前回と違うことは、私たちの時は最後は槍が岳に登らず、双六小屋から新穂高に下りました。
Yさんは最後、槍が岳にも登ったことです。槍が岳の頂上は、順番待ちの渋滞だったそうですが、それでもしっかり狭い頂上にたち眺望を楽しんだそうですからとても羨ましく思いました。

槍ヶ岳には私も懐かしい思い出があります。
私が山をやり始めて最初に登ったのが、槍が岳でした。
私が60歳で定年退職した年で、16年前になります。職場の後輩のTさんが「定年退職したら暇もできるだろうから山でもやったら・・・」と連れて行かれたが槍が岳でした。当初は、表銀座縦走の予定でしたが、焼岳の噴火で登山道が崩落して表銀座は通行止めでした。
上高地から入り、槍沢ロッジ泊(ここにお風呂があるのに驚きました)翌日、槍ガ岳に向かい急登を喘ぎ喘ぎ登り、頂上直下の槍が岳山荘に午後1時すぎに着きました。雷雨のため、リーダーのTさんの指示で、小屋で天候回復を待っていました。そこに、頂上を目指した奈良から来た人が、登っていたはしごに雷が落ち、転落して骨折したとの報が入りました。
結局、その日の登頂は出来ませんでした。次の朝も、大雨で頂上は諦め、小屋から上高地に向かい下山しました。下るに連れ、天気もよくなりました。頭上を前の日に大腿部を骨折した奈良の人を救助したヘリコプターが飛んでゆきました。その時は、燕でも落雷で遭難した人がいたそうです。山での、雷の怖さを最初の山行で体験しました。
そんな訳で槍が岳は頂上直下までは登りましたが、残念ながら頂上には立っていません。
現在の私の体力からして、高い山を目指すより、花や眺望を楽しみながら余裕をもって歩けるコースしか行けそうもありません。
Yさんの山行記録を読みながら、また往年の山仲間と山登りに挑戦したいとつくづく思いました。
懐かしい山名を読み胸躍るまた登りたいアルプスの山々