昨日、夕刊を読んでいたら、鹿屋体育大学の運動生理学の山本教授が、日本百名山の難易度をデータ化したと報じていました。そして、最難関は北アルプスの黒岳・鷲羽岳と評価したそうです。
これを見て、「なんだ、俺も登った山だ」と一人悦に入りました。あの山がそんなに難しい山だとは思いませんでした。
私は、職場を60歳で定年退職後、後輩のTさんに誘われて山登りを始めました。定年退職した初めての夏に登ったのが、槍ケ岳でした。その後、Tさんなどの山の会「いろりの会」の人たちにアチコチの山に連れて行ってももらいました。
63歳の頃だと思います。北アルプス・裏銀座を縦走しました。高瀬ダムから烏帽子岳、野口五郎、黒岳(水晶岳)、鷲羽岳、三俣蓮華岳、双六岳から新穂高温泉に下りました。
2日目の午後、水晶小屋に着き、荷物を置いて空身で黒岳(水晶岳)に行ってきました。ガスで眺望もなく、危険など感じませんでした。小屋は超満員で寝るのに苦労しました。翌日、鷲羽岳に登りました。円錐形の山で直登で参りました。反対側に下ると三俣山荘があり、水が沢山出ていたので助かりました。その日、泊まった双六小屋も水がフンダンありました。夜は大雨でしたが、明けると快晴でした。双六岳からの下山道のお花畑は実に見事でした。槍や穂岳を見ながらの下山は実にすがすがしかったです。
山本教授は、縦走を想定しての評価ではないと思いますが、何か「最難関」を登ったと思うと、悪い気持ちはしませんでした。
この他、「難関」と言われる薬師岳も折立から登りました。
今は昔、10年以上前の話です。
でも、現実の社会では、正に「最難関」です。安倍自公政権の憲法をこわし、戦争する国への道を許すか否かです。この「最難関」に、心ある仲間と手を携えて、この暴挙を打ち砕くべく、奮闘して行きたいと思います。
これを見て、「なんだ、俺も登った山だ」と一人悦に入りました。あの山がそんなに難しい山だとは思いませんでした。
私は、職場を60歳で定年退職後、後輩のTさんに誘われて山登りを始めました。定年退職した初めての夏に登ったのが、槍ケ岳でした。その後、Tさんなどの山の会「いろりの会」の人たちにアチコチの山に連れて行ってももらいました。
63歳の頃だと思います。北アルプス・裏銀座を縦走しました。高瀬ダムから烏帽子岳、野口五郎、黒岳(水晶岳)、鷲羽岳、三俣蓮華岳、双六岳から新穂高温泉に下りました。
2日目の午後、水晶小屋に着き、荷物を置いて空身で黒岳(水晶岳)に行ってきました。ガスで眺望もなく、危険など感じませんでした。小屋は超満員で寝るのに苦労しました。翌日、鷲羽岳に登りました。円錐形の山で直登で参りました。反対側に下ると三俣山荘があり、水が沢山出ていたので助かりました。その日、泊まった双六小屋も水がフンダンありました。夜は大雨でしたが、明けると快晴でした。双六岳からの下山道のお花畑は実に見事でした。槍や穂岳を見ながらの下山は実にすがすがしかったです。
山本教授は、縦走を想定しての評価ではないと思いますが、何か「最難関」を登ったと思うと、悪い気持ちはしませんでした。
この他、「難関」と言われる薬師岳も折立から登りました。
今は昔、10年以上前の話です。
でも、現実の社会では、正に「最難関」です。安倍自公政権の憲法をこわし、戦争する国への道を許すか否かです。この「最難関」に、心ある仲間と手を携えて、この暴挙を打ち砕くべく、奮闘して行きたいと思います。