「進化の法則」で新型コロナウイルスが弱毒化する可能性 過去には1〜2年で弱毒化した例も 更科 功 プロフィール シェア766ツイートブックマーク14

2020年07月25日 08時12分30秒 | 医科・歯科・介護

「進化の法則」で新型コロナウイルスが弱毒化する可能性

過去には1〜2年で弱毒化した例も 
更科 功 

物質なのに自然淘汰が働く?

ウイルスは、他の生物の細胞を利用して、自分を複製させる物質である、とよく言われる。これは間違いではないが、ウイルスの説明としては不十分だ。正確には、ウイルスは、他の生物の細胞を利用して、自分の複製をたくさん複製させる物質である。もしも、自分が消滅して、代わりに複製を1つ作るのならば、それはウイルスにならない。なぜなら、その場合はウイルスが増えないので、自然淘汰が働かないからだ。

生物には自然淘汰が働くが、物質には自然淘汰が働かないことが普通である(もちろん生物も物質でできているけれど、本稿では「物質」は「非生物」という意味で使うことにする)。ところがウイルスは、物質なのに自然淘汰が働くめずらしい存在なのである。

物質とウイルスの境界

ここでウイルスを物質と言ってしまったが、ウイルスを生物とするか非生物とするかは、人によって意見が異なる。ウイルスは、生物と非生物の中間的な存在だからだ。ただ、ウイルスを生物とすると、生物と非生物の境界は、かなりあいまいになる。ウイルスのもっとも単純な形は、ただのDNAだからだ。

ウイルスは一生(ウイルスの一生をサイクルと言う)のあいだに、いろいろな形に変化する。たとえば、ラムダファージというウイルスは、タンパク質の殻の中にDNAが入った構造をしている。このラムダファージは細胞に吸着すると、内部のDNAを細胞の中に注入する。注入されたDNAは、元からある細胞のDNAに組み込まれる。そして、しばらくは、組み込まれたまま過ごすのである。

【図】バクテリア・ファージ
  ファージの基本構造(ラムダファージとは少し異なる)
ラムダファージが組み込まれてからも、細胞は分裂を続ける。そのたびに細胞は、自分のDNAだけでなく、ラムダファージのDNAも複製して、分裂後の2つの細胞に受け継がせる。つまり、細胞が分裂して増えていくにつれて、ラムダファージも一緒に増えていくわけだが、このときのラムダファージは、ただのDNAにすぎない。

【図】ラムダファージのサイクル
  ラムダ(λ)ファージのサイクル(拡大図はこちら)
DNAは地球上にたくさんある高分子化合物で、私たちの遺伝子もDNAでできているし、小さなDNAなら、そこら辺の空気中にだって漂っている。しかし、これらのDNAのほとんどはウイルスではない。ウイルスとして働くDNAは、ほんの一部である。

DNAがウイルスかどうかは、核酸の塩基配列による。しかし、ややこしいことに、同じ塩基配列の核酸でも、ウイルスである場合とウイルスでない場合がある。

ウイルスは、他の生物の細胞を利用して、自分を複製させるが、利用できる生物の種は決まっていることが多い。つまり、感染する種が決まっていることが多い。

たとえば、ヒトにしか感染しないウイルスがいたとしよう。そして、そのウイルスのもっとも単純な形は、単なるDNAだったとする。さて、このDNAがウイルスである理由は、ヒトに感染して自分を増やすことができるからだ。

それでは、もしもヒトが絶滅したらどうなるだろう。そのDNAには、もはや感染する相手がいない。自分を増やしてくれる細胞はない。つまり、そのDNAは、もはやウイルスではない。塩基配列が同じDNAでも、つまりまったく同じDNAでも、周囲の環境によって(この場合はヒトが絶滅するかどうかによって)ウイルスになったりならなかったりするのである。

さて、ラムダファージの場合は、サイクルの一部にただのDNAになる時期があるのであって、普通のウイルスの時期もある。つまり、タンパク質の殻がDNAを包んでいる時期もある。しかし、ウイルスの中にはずっとDNAだけ、あるいは、ずっとRNAだけのものもいる。

細菌などには、プラスミドと呼ばれるDNAをもつものもいる。プラスミドは、本来の細菌のDNAとは別のDNAで、わりと簡単に外から細菌に入ったり、あるいは出たりする。プラスミドは単なるDNAなので、それ自体では複製を作ることはできないが、細菌の中で細菌の仕組みを利用して、複製を作るのである。プラスミドは細菌に対して、ほとんど何もしないこともあるし、抗生物質への耐性を与えることもある。

また、植物の細胞には、ウイロイドと呼ばれるRNAをもつものもある。ウイロイドは単なるRNAなので、それ自体では複製を作ることはできないが、細胞の中で細胞の仕組みを利用して、複製を作るのである。ウイロイドは植物に対して、ほとんど何もしないこともあるし、病気を引き起こすこともある。

プラスミドやウイロイドのことは、通常ウイルスとは呼ばないけれど、ウイルスとの間に明確な線を引くことは難しいだろう。

このように、ウイルス、プラスミドやウイロイド、そして非生物である物質は、連続的なものだ。ウイルスと物質のあいだのどこかに、はっきりとした境界線を引くのは無理である。

ウイルスと生物の境界

21世紀になると、巨大ウイルスが発見された。巨大ウイルスのいくつかは、一部の細菌(細菌は明らかに生物である)よりも大きく、また、一部の細菌よりも多くの遺伝子をもっていた。それでも巨大ウイルスが、細菌でなくウイルスとされるのは、自分でタンパク質を作れないからだ。

タンパク質は、さまざまな生命現象を実際に行う分子であり、生物が自分を複製することができるのも、タンパク質のおかげである。このタンパク質を作るための構造が、細胞の中にはあって、リボソームと呼ばれている。ウイルスにはこのリボソームがないので、タンパク質を作ることができないのである。

それでは、リボソームの有無で、生物とウイルスは明確に分けられるのだろうか。

キジラミという、小さなセミのような昆虫がいる。このキジラミの細胞の中に共生しているカルソネラ・ルディアイという細菌は、リボソームを作る遺伝子の一部を失っている。そのため、自分だけではリボソームを作ることができない。したがって、タンパク質が作れず、自分の複製を作る(つまり細胞分裂をする)ことができない。複製を作るためには、共生しているキジラミの細胞に頼らなければならないのである。

【写真】サイリド(キジラミ科)
  キジラミの一種であるサイリド(psyllids) Photo by Getty Images
カルソネラ・ルディアイのような細菌もいるので、生物とウイルスのあいだに、はっきりとした境界線を引くのは難しそうだ。そして、さきほど述べたように、ウイルスと物質のあいだに境界線を引くのも難しそうである。

ということは、生物と非生物のあいだは連続的で、その中間にいるのがウイルスなのだろう(ちなみに私は、ウイルスを生物に入れても、あるいは無生物に入れても、どちらでもよいと思う。しかし、どちらかに決めなければならないときは、私はウイルスを生物に入れないことにしている)。

とはいえ、まったく境界線が引けないわけではない。もしも、境界線を引くとすれば、それは自然淘汰が働いているかいないかの間だ。つまり、ただのDNAやRNAと、(たとえ他の生物の細胞の力を借りるにしても)自分の複製をたくさん作れるDNAやRNAの間だ。たとえウイルスを物質と呼ぼうとも、ウイルスは自然淘汰を受けて進化する存在なのである。

感染予防対策は進化的にも有意義

それでは最後に、ウイルスの感染拡大の防止について、進化の側面から考えてみよう。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大が、世界中で深刻化しつつある。この感染拡大を抑えるために、水際対策や大規模な集会の禁止などの対策が取られてきた。おそらく、これらの対策には一定の効果があり、感染が広がるスピードが抑えられたと考えられる。

【写真】連休の東京駅前
  人通りが絶えた5月連休の東京駅。不要不急の移動や大規模な集会などの自粛が要請された Photo by Getty Images
しかし、スピードは抑えられても、感染自体はゆっくりと広がり続けている。そのため、こんな意見を耳にするようになった。

「どうせ最終的にはウイルスが広がってしまうのであれば、感染拡大を防ごうとする努力なんか無駄ではないのか」

いや、そんなことはないのである。感染症の拡大が遅くなれば収束も遅れるけれど、一定の期間で区切って考えれば、患者の数は少なくなる。そのため、医療機関がパンクすることを防ぐ意味がある。しかも、それだけではない。

毒性の強いウイルスは、短期間の間に感染した人を殺してしまうので、素早く別の人に再感染しなければならない。そうでなければ、感染した人が死ぬときに、体内のウイルスも消滅してしまうので、そのウイルスの系統は途絶えてしまうからだ。

一方、毒性の弱いウイルスは、感染した人を殺さないし、もし殺すとしても長い時間がかかる。そのため、人から人へ感染するペースが遅くても、その系統はなかなか途絶えない。

つまり、感染するペースを遅くすればするほど、毒性の強いウイルスの系統は途絶えやすくなり、ウイルスは弱毒化に向かって進化する可能性が高いのだ。ウイルスの進化はかなり速いので、実際に1〜2年で弱毒化した例もある。感染拡大を防ぐ対策は、ウイルスを弱毒化して、死亡者を減らす効果があるのだ。

もちろん、ウイルスの進化は偶然にも左右されるので、感染を防ぐ対策をしても万全ではない。強毒化してしまう可能性もゼロではない。ゼロではないけれど、それでも対策をすれば、ウイルスを弱毒化する可能性が高くなるのは確かである。

 


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