ヒトラーの時代-ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか
池内 紀 (著)

ナチス体制はなぜ短期間に実現したのか。国民がそれを支持し続けた理由は何か。ヒトラーの政治家デビューから人気絶頂期までを描く。
池内紀
1940年、兵庫県姫路市生まれ。ドイツ文学者、エッセイスト。著書に『海山のあいだ』『見知らぬオトカム』『祭りの季節』『ことばの哲学』『恩地孝四郎』『消えた国 追われた人々』など。訳書にゲーテ『ファウスト』、『カフカ・コレクション』(全8巻)など。
1940年、兵庫県姫路市生まれ。ドイツ文学者、エッセイスト。著書に『海山のあいだ』『見知らぬオトカム』『祭りの季節』『ことばの哲学』『恩地孝四郎』『消えた国 追われた人々』など。訳書にゲーテ『ファウスト』、『カフカ・コレクション』(全8巻)など。
5つ星のうち3.0 読み物として興味深い内容ではあるのだけれど
ヒトラーがカリスマ独裁者としてドイツ国内で支持を得た時代、
主に1930年代の第二次大戦開始前に焦点を当てて彼がどのような政策で支持を得たのか、
あるいはどのようにプロパガンダを展開したのかを紹介する本です。
ナチスドイツの政策と言っても日本の義務教育レベルでは細かいところまではやらないので
ユダヤ人排斥以外は知らない人が多いんじゃないでしょうか。
当時のドイツ国内の空気を想像する上で、なかなか興味深い内容でした。
問題は史学的な正しさについて。
ドイツ近代史専門の方から、かなり批判が出ているようですので注意が必要です。
出ている批判を見ていると最新の研究成果が取り入れられていないという意見が多いようですが、
ここのトップレビューでも書かれている通り、誤りも少なくない模様。
幸か不幸か(多分不幸の方ですが)、中学高校の世界史教育レベルでは気付けない指摘が多いです。
唯一「ナチスの正式党名にドイツの国名が抜けている」というのが慎重に読んでいれば気付けるかな、というくらい。
著者が文学者ということもあるのでしょう、写真や肖像画についての文学的な修辞などは見所だと思いますが、
本格的に史学的な知識を学ぼうと考える方にはオススメしづらいと思います。
ドイツ文学者の思い
ドイツ文学者の池内紀がその死の数か月前にあとがきを書いている本。いろんな間違いがあるというような非難もあるだろうが、彼が伝えたいこと、なぜヒトラーが権力を持つようになったか、その当時のドイツとはどんな国だったのか(それも、生活に密着して)書かれている。ヒトラー政権の最初の4年は経済を改善し、失業率を下げといいこと尽くしだったが、気が付いたら監視社会となり、ユダヤ人虐殺が始まり、狂った世界になっていく。でも、なぜ当時の大衆がヒトラーをこれほどまでに支持したのか。
どうやってだれも反対できないような仕組みにしてしまったのか。
このことを知ろうとすることはとても大事なことだ。
細かいところでいろんな誤植があるのがとても残念だが、内容は本当に素晴らしい。
『ヒトラーの健全性』(国枝史郎、1940年)を思い出す
国枝史郎(1887–1943)小説家。国枝が雑誌『外交』1940年9月号に寄せた小論が『ヒトラーの健全性』である。
今でも青空文庫で読める。国枝はヒトラーが抽象絵画のひとつ未来派(破壊的、急進的、非写実的絵画)を嫌いなことをあげて、ヒトラーの資質はとてもおだやかで、中庸で、健全なものであると想定。
この性向は、政治にも、外交にも、戦争にも生かされていて、その証拠に1940年のドイツ軍によるマジノ線突破はとてもオーソドックスな戦術によって勝利を収めていると激賞。
そして結論として「ヒトラーは天才だと云われている。私もそう思う。彼は政治家としても天才であり外交家としても天才であり戦術家としても天才である。」とべた褒め。
なにもここで国枝を私は批判しているのではない。おそらく1940年には日本人はみなこう思っていたはずだ。
当時は太平洋戦争前年、ヨーロッパでは第2次世界大戦がすでにはじまっており、ヒトラーの電撃的勝利に同盟国日本は国を挙げて熱狂していたのだから。
ヒトラーはひどい政治家だった。でもいいこともたくさんやっている。ヒトラーの評伝を書いたジョン・トーランドは、もしヒトラーが政権4年目に死んでいたら、ドイツ史上もっとも偉大な人物のひとりとして後世に残っただろうと述べている。実際ナチズムが支配した15年間、戦時体制に入るまで普通のドイツ市民は「明るい時代」を享受していた。例えば、失業者600万→100万、国民所得1.5倍、フォルクスワーゲン、アウトバーン(全長3000Km)、1936年のベルリン・オリンピックなど。また自然や動物にも優しかった。動物保護法、森林荒廃防止法、帝国自然保護法など。ヒトラーは左手で仔犬の頭を愛撫しながら、右手でユダヤ人や共産主義者を殺戮した。そのことになんのためらいや矛盾も念頭になく。
この本はドイツ文学者池内紀の自身への宿題から生まれた。ヒトラーが1925年泡沫候補として政治の世界にあらわれ、1933に政権を奪取、1939年その絶頂期を迎える15年間に一体なにが起こったのか、なにがヒトラーを独裁者に駆け上らせたのか。詳細な時系列や事件の説明が載っているがこれだという明解な答えは著者自身にも見つからないようである。
ただ、ナチズムの妖怪は異常な人間集団が引き起こしたものではなくその母体はごく平凡な人びとだったこと。ヒトラーは普通の小市民によびかけた。いつも「みんなとおなじ」主流派でありたがる人びとに。日和見主義者でコネ好きな小市民に。見て見ぬ振りをする小市民に。普通の人がヒトラーに夢中になった。ということは、今後もまたヒトラーのような強権的な指導者が出てくる可能性が十分あることをこの本は示している。
ドイツ文学者ならではの多面的な視点で、ヒトラーの時代を再現する
ワイマール共和国の時代・ヒトラーの時代を取り扱った著作は無数にあり名著も少なくない。手頃なところでは『ワイマール共和国』林健太郎 中公新書、加瀬俊一『ワイマールの落日』文芸春秋、岩波新書『ナチスの時代』(訳者内山敏氏による訳注が有益。)これに本書が加わった。
高田里恵子『文学部をめぐる病い』の書評で触れたが、かってのドイツ語・ドイツ文学者は時流に乗ってヒトラーのナチス文献を取り上げるか、ゲーテやヘッセの翻訳に専念していればよかった。戦後になって彼ら大学独文のボスたちは職を解かれたケースもあるが殆どは何食わぬ顔で旧職に留まった。ことの是非はともかくドイツ文学を目指す人はいつかは、この不幸で不愉快なナチスの時代と向き合うことが求められている。
池内さんは昨年夏に亡くなられた。「ドイツ文学者」を名乗る以上「ヒトラーの時代」を考え,自分なりの答えを出しておくのは課せられた義務ではないか。誰に課せられたというのでもない、自分が選んだ生き方(ドイツ文学者として)の必然のなりゆきだ、と述べられている。
池内さんは何もドイツ史の専門家ではないから細かな史実で誤解があったのかもしれない。わたしはそんな些事は全く気にならず、むしろ独文学者ならではの鋭い着眼と簡潔で要を得たナレーション(文章)に感心しながら章をくった。お勧め。
政治経済史学の観点からでなくドイツ文学者としてドイツ民族の原点からの視点は数あるヒトラー本との一線を画する
敗戦国の苦しみを梃子に成長したナチス
ナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)が、党員約500人と少ない時期に、ヒトラーが美術学校の受験に落ち、ウィーンからミュンヘンに移り、入党する頃から解説しています。以下の様にナチスが国内のドイツ人の支持を広げていったことが分かります。
ヒトラーは演説が得意で、「強いドイツの復活・ユダヤ金権貴族征伐・ベルサイユ条約破棄・賠償金支払い拒否」を主張します。30ほどある政党の乱立と足の引っ張り合い、悪化した治安、不況と失業で苦しむドイツ人の支持を次第に得て、1930年10月の選挙でナチスは社会民主党に次いで第二党に躍進。1932年7月の選挙では第一党になります。更に1933年12月に既存政党の継続と新党の設立を禁止する法律を制定し、ナチスは独裁政権となります。
政権を掌握したナチスは、歓喜力行団を設立し、庶民でも利用できる安い欧州旅行やコンサート、映画鑑賞などを提供します。また、ラジオを従来の価格の1/8で売り、ラジオを普及させてラジオを通じて宣伝活動を行い国民の支持を集めます。更に公共事業を拡大し、報道やデモ、集会を制限したため、失業率は減少し、騒擾は無くなり街に秩序が戻ります。
1938年3月のオーストリア併合と9月のチェコスロバキア・ズデーデン地方併合は、国民から熱狂的な賛同を受けます。
上記の他に、迫害されているユダヤ人のために移住マニュアルが密かに販売されていたなど、知らなかったことが多くありました。
ヒットラーの成功と失敗をを簡潔に描くヒットラー・ハンドブック
ドイツ文学者、池内紀の最後の作品となったアドルフ・ヒットラーの評伝である。
オーストリア生まれの、風菜も上がらない、失敗した画学生であったヒットラーが、第一次大戦敗戦後の天文学的なインフレに苦しみ、ワイマール体制下、疲弊し、混乱したドイツで、巧みな演説とカリスマ性を駆使して、政権を奪取し、経済を再建し、軍事力を強化し、欧州の覇権を握り、やがてロシアと破滅的な消耗戦を演じ、連合国を相手に終末を迎えるプロセスを、こなれた口調で、生き生きと描いている。ヒットラーの伝記や評論書は数多あるが、ヒットラーの成功と失敗、世界史の上におけるその役割と意義を、新書版のサイズで要領良く纏めた好著である。
ヒトラーはなぜ熱狂的に支持されたのか
- https://www.murc.jp
- >quarterly_201602
- >pdf_003
まず「ナチス」とは、ご存じの方も多いとは思いますが、 ドイツの政党であり、「ナチ党」とも呼ばれます。 日本語 での正式名称は「国民社会主義ドイツ労働者党」です。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます