今日の「お気に入り」は、養老孟司さんの「バカの壁」から。
「先日、講演に行った際の話です。控室にいらっしゃった中年の男性が、『私は、君子豹変というのは
悪口だと思っていました』と言っていた。もちろん、実際にはそうではありません。
『君子豹変』とは『君子は過ちだと知れば、すぐに改め、善に移る』という意味です。
では何故彼はそう勘違いしたか。『人間は変わらない』というのが、その人にとっての
前提だからです。
いきなり豹変するなんてとんでもない、と考えたわけです。現代人としては当然の捉(とら)
え方かもしれません。
『男子三日会わざれば刮目(かつもく)して待つべし』という言葉が、『三国志』のなかにあります。
三日も会わなければ、人間どのくらい変わっているかわからない。だから、三日会わな
かったらしっかり目を見開いて見てみろということでしょう。
しかし、人間は変わらない、と誰もが思っている現代では通用しないでしょう。刮目という
言葉はもう一種の死語になっている。
いつの間にか、変わるものと変わらないものとの逆転が起こっていて、それに気づい
ている人が非常に少ない、という状況になっている。いったん買った週刊誌はいつまで
経っても同じ。中身は一週間経っても変わりはしません。
情報が日替わりだ、と思うのは間違いで、週刊誌でいえば、単に毎週、最新号が出て
いるだけです。
西洋では十九世紀に既に都市化、社会の情報化が成立し、このおかしさに気が付いた
人がすでにいた。カフカの小説『変身』のテーマがこれです。
主人公、グレゴール・ザムザは朝、目覚めると虫になっている。それでも意識は『俺
はザムザだ』と言い続けている。
変わらない人間と変わっていく情報、という実態とは正反対のあり方で意識されるよ
うになった現代社会の不条理。それこそが、あの小説のテーマなのです。」
「結婚はしてもしなくても後悔するものである」
(フランツ・カフカ)