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今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)の昭和62年発行のコラム集から。
「 どちらかというと私は韓国の味方で、社会党がいまだに北朝鮮だけを国家として認め、
韓国を認めないのを嗤(わら)ったくらいである。韓国にはまだ『孝』が残っていると紹介したこともある。
それというのも私は隣国が互に憎みあうのを好まないためで、フランスとドイツの犬猿の仲を見たことが
あるからである。韓国とわが国がこれに似ることを私は欲しないが、韓国の指導者は欲するかのようなのは
けげんである。
いま話題の『新編日本史』に『伊藤博文は韓国独立運動の壮士安重根に殺された』とあるのを韓国はいち
早くとらえ、安重根をごろつき呼ばわりしたと宣伝した。壮士とは時事に感じて悲歌慷慨する志士のことで
ある。ほかに書生の意味がある。これらのふりをしたダラク書生ごろつきをいうこともあるのを奇貨として、
選んでごろつきと訳したのは為にする誤訳である。韓国の若者はいま日本語を知らないから、ごろつきと訳
せばそうかと信じる。
むかし燕の太子丹は秦に滅ぼされる前に壮士荊軻(けいか)をして秦王(始皇帝)を暗殺せしめようとした。
荊軻は無双の刺客である。太子の一行は荊軻を易水まで送って別れの宴をはった。
荊軻はたとえ成功しても生きては帰れない。悲愴の感は宴にみなぎって並いる男たちの髪は冠をついた。
『風蕭々として易水寒し、壮士ひとたび去ってまた還らず』という詩が残っている。
韓国の知識人なら誰も知る故事である。日本の知識人の半ばもまだ知っている。燕趙悲歌の士――どうして
壮士がごろつきだろう。」
(山本夏彦著 「世はいかさま」 新潮社刊 所収)
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