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今日の「お気に入り」は、一昨日と同じ作家水上勉さんの「親子の絆についての断想」と題した文章の続きです。
「四
去る日、といっても数年前になる。デンマーク国のフューン島にあるアンデルセンの在所を訪ねてみたのも、じつは、異国の童話作家が、貧困家庭にうまれ、父は靴直し業で、母はアルコール中毒患者、金持ちの家の洗濯女をして、施設で死んだ、ときいたからだ。靴直しの子ということも、下駄を売った母のなりわいにつながった。また、彼の書く自伝にその貧困なる少年時代が、私の場合と似ていて、十四歳で出郷して、二どとオーデンセの町に住まなかった。あれほど、母を憶う人魚や、マッチ売りの娘や、あひるの子を書いておきながら、母はアルコール中毒で、施設で死亡した日は異郷にいて枕もとへかけつけていない。そんな彼の生活に魅かれたのだった。東京で酒を呑んでいて、八十五歳で死んだ父の臨終にかけつけそこねた私の場合とかさなったので、親しみもおぼえ、足もとを探ってみたかった。行ってみてわかった。やっぱり本でよんだとおりの赤貧あらう家の子だった。家ものこっていた。母は小さい頃、乞食に出よと、いわれたりしたこともあったらしい。そうして、その母が、第一の夫の死後、また同じ靴屋仲間に嫁し、その父は母親よりも年が若かったので、アンデルセンは馴染めず、ついに町を出て、他人の世話による第二の人生へ出発する。その十四歳までの生活を、現地の研究家から訊きただして行くと、出郷もまた、私に似て、母の許にいるのがイヤになる事情が充満していた。」
(山田太一編「生きるかなしみ」ちくま文庫 所収)
「四
去る日、といっても数年前になる。デンマーク国のフューン島にあるアンデルセンの在所を訪ねてみたのも、じつは、異国の童話作家が、貧困家庭にうまれ、父は靴直し業で、母はアルコール中毒患者、金持ちの家の洗濯女をして、施設で死んだ、ときいたからだ。靴直しの子ということも、下駄を売った母のなりわいにつながった。また、彼の書く自伝にその貧困なる少年時代が、私の場合と似ていて、十四歳で出郷して、二どとオーデンセの町に住まなかった。あれほど、母を憶う人魚や、マッチ売りの娘や、あひるの子を書いておきながら、母はアルコール中毒で、施設で死亡した日は異郷にいて枕もとへかけつけていない。そんな彼の生活に魅かれたのだった。東京で酒を呑んでいて、八十五歳で死んだ父の臨終にかけつけそこねた私の場合とかさなったので、親しみもおぼえ、足もとを探ってみたかった。行ってみてわかった。やっぱり本でよんだとおりの赤貧あらう家の子だった。家ものこっていた。母は小さい頃、乞食に出よと、いわれたりしたこともあったらしい。そうして、その母が、第一の夫の死後、また同じ靴屋仲間に嫁し、その父は母親よりも年が若かったので、アンデルセンは馴染めず、ついに町を出て、他人の世話による第二の人生へ出発する。その十四歳までの生活を、現地の研究家から訊きただして行くと、出郷もまた、私に似て、母の許にいるのがイヤになる事情が充満していた。」
(山田太一編「生きるかなしみ」ちくま文庫 所収)
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