今日の「 お気に入り 」は 、司馬遼太郎さん の
「 街道をゆく 9 」の「 高野山みち 」。
今から50年ほど前の1976年の「週刊朝日」に
連載されたもの 。備忘のため 、「 真田庵 」と題さ
れた小文の中から 、数節を抜粋して書き写す 。
引用はじめ 。
「 九度山 ( くどやま ) とは町の名で 、山ではない 。
紀伊国 ( きいのくに ) 高野山が 、北にむかって
山々や谷々を重ね 、ようやく紀ノ川に至ろうと
する岸辺にある 。
『 九度山から高野山に登ってみましょうか 』
と須田画伯に電話で相談すると 、画伯は 、横
笛でも吹くような息使いで 、梅雨じぶんなら山
の花が咲いているでしょう 、といった 。 」
「 九度山は 、古い集落である 。中世以来 、高
野山領の行政や年貢の集散はこの九度山に置か
れた政所 ( まんどころ ) がそれをつかさどった 。
このため九度山町はきわめて小規模な城下町の
ような機能でもって発展し 、明治後はその機
能をうしなった 。発展がとまっただけに 、古
集落のほうはかえって町並の古格さが保たれて
いる 。
このあたりの紀ノ川は 、一大渓谷をなしてい
るといっていい 。北方の葛城山脈と南方の高
野山を中心とする山塊群のあいだにはさまって 、
川が悠々と河原をひろげつつ流れている 。
九度山橋という長い橋が 、紀ノ川に渡されて
いる 。
北から南へこの橋をわたるべくさしかかった
前面の風景というのは 、右が 、はるか奥の
高野山につながる尾根が 、尾根のまま降下し
てきて麓で慈尊院の森をなし 、左が 、ひくい
丘陵上に九度山集落のいらかの群れをあかるく
盛りあげていて 、丘と川を好む中世ヨーロッ
パの小さな都市国家を思わせる 。紀ノ川十景
というものがあるとすれば当然入っていい景観
であろう 。
ここからみると 、九度山というのは紀ノ川の
流れからいきなり盛りあがった小隆起で 、形
をながめていると 、どこかかまどに似ている 。
上方ではかまど 、へっついの類いのことを く
ど と言い 、女性ことばでは おくどさん などと
言ったりした 。九度山とは 、そういう連想
からきた地名ではないかとおもわれる 。その
かまど型の隆起の上はすべて古風な屋根瓦で
おおわれている 。」
「 橋を渡りきると 、多少空腹であることに気
づいた 。」
「 編集部のHさんが 、そのあたりの景色を大
観しつつ飲食店のありそうな一点をさがして
いたが 、どうもありそうではない 。
『 カレーライスでいいんです 』
と私がいうと 、Hさんが 、
『 九度山には 、パチンコ屋もないんです 』
ましてカレーライスの店などはあるはずが
ない 、というふうに 、強い語気で言った 。
Hさんは高血圧体質だから 、気ぜわしいの
である 。」
「 私はこのとき 、ふと 、かつてこのあたりに
きた午後 、高野山へ登る自動車道路のその入
口付近の路傍 ( といっても谷川ぶちだが )
に『 幸村 』という小さなドライヴ・インが
あったことを思いだした 。なまな屋号だと思
い 、通り過ぎながらもやや愉快でない記憶と
ともに残っている 。」
「 幸い 、私の記憶どおりその店があって 、私
どもは入った 。
窓の下は狭いながらも深い谷川になっていて 、
草も木も鬱然としている 。
カレーライスを持ってきてくれた女の子に 、
この川は何という川ですか 、ときいてみたが 、
『 私はこの辺(へん)やないねん 』
といって 、答えてくれなかった 。紀州弁は 、
他の日本の方言とちがって 、敬語が発達しな
かった 。だからこの娘さんも紀州ではあるの
だろうが 、この辺の生れではないからこの渓
流の名前は知らないというのである 。
『 丹生(にう)川です 』
Hさんが 、代りに教えてくれた 。高野山の
東のほうの一峰を水源として山中をときに北
流し 、ときに西流して 、九度山付近で人里
に降り 、紀ノ川にそそいでいるらしい 。
高野山をひらいた空海は 、
『 空海少年ノ日 、好ムデ山水ヲ渉覧セシニ 、
吉野ヨリ南ニ行クコト一日ニシテ 、更ニ西ニ
向ツテ去ルコト両日程 、平原ノ幽地有リ 』
と 、弘仁七( 816 ) 年六月十九日付の上奏
文に書いているが 、空海はこんにちのように
紀ノ川の岸から高野山に登ったのではなく 、
大和吉野から登ったのであろう 。丹生川の上
流に沿って登ったに相違なく 、そういう事情
からいうと 、この渓流は空海を高野山に導い
た水の流れの下流といっていい 。」
引用おわり 。
「 高野山 」も「 九度山 」も 、筆者は訪れたことがない 。
昔馴染みの地名なのに 、この紀行文を読むまで 、「 九度
山 」は「 くどさん 」だと 、ずっと思いこんでいた 。子ど
もの頃から 、真田幸村や真田十勇士や猿飛佐助でお馴染み
なのに 、である 。
「 高野山 」も「 九度山 」も 、一生に一度くらい 、訪れ
たい土地ながら 、このさきも訪れることはなさそうだ 。
まあ いっか 。
。。(⌒∇⌒) 。。
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