”農”と言える!?

元・食推おばさんのソムリエ日記

伝説で終わらなかった在来大豆

2015-11-28 10:14:07 | 在来種 伝統野菜

昨日、神奈川県藤沢市の藤沢商工会館で開催された

「食と農のフォーラム」に参加させていただきました。

  

文教大学 笠岡教授のゼミが発表される

津久井在来大豆のお話をどうしても伺いたかったのです。

  

  

津久井在来大豆は、相模原市の津久井地区で作られてきた大豆。

一時期は、生産者も減り、

「伝説の大豆」 「幻の大豆」と言われたそうです。

  

一般的に在来作物が衰退してしまう理由として、

次のことが挙げられます。

 ・栽培が難しい。

 ・味が個性的。(香り、苦味、えぐみが強いなど)

 ・収量が少ない。

 ・品質が安定しない。

つまり、在来作物が持つ「個性派」という魅力ゆえに、

市場に流通しづらいと言えるでしょう。

  

しかし、上の写真にもあるように

津久井在来大豆は

 ●茎が太くて、倒れにくい。 → 栽培がしやすい

 ●味が良い。

 ●糖の含有量が多い。 → 加工品の食味が良い。

といった特徴を持っています。

 

 

つまり、在来作物が廃れてしまうような理由が

ひとつも見当たらないのに、

どうして「幻」や「伝説」になってしまったのか?

その理由がどうしても知りたくなりました。

 

  

津久井地区の歴史を調べているうちに、

養蚕というキーワードに出逢いました。

 

津久井地区は、丹沢山系の北側に位置し、

山々に囲まれた中に民家や田畑が広がる中山間地。

かつて、この地区の農業の中心は養蚕でした。

そんな蚕用の桑の傍らで育てられたのが、津久井在来大豆。

ほとんどが自家消費用で、煮豆や味噌の仕込みに使われてきました。

 

しかし、化学繊維の発達によって養蚕農家は急激に減少。

もともと栽培している人が少なかった品種なのに、

農業人口が減少すれば、生産量はさらに減っていきます。

 

津久井在来大豆が一時期「幻」や「伝説」になってしまったのは、

養蚕業の衰退と関係があるのではないでしょうか?

  

ところが、昭和53年より、国が転作を奨励する作物のひとつに

大豆が採り上げられました。

当時、神奈川県の農業は、経済性の高い作物生産への転換が進み、

在来の大豆栽培が残っているのは、

中山間地の津久井地区と足柄地域の一部の水田地帯のみ。

そこから、津久井在来大豆の品質特性や栽培適性などの

試験が始まりました。

  

これも、「おいしいから」というシンプルな理由で

ひっそりと種を守り続け、

作り続けた方がいらっしゃったからこそ!!

  

実際に栽培の復興活動が行われるようになったのは、

2000年代に入ってからですが、

現在では、地域や世代をつなぐ食として、

再び脚光を浴びています。

その「伝説」は語り継がれていくことと思いますが、

もう決して「幻」ではなくなりました。

 

  

 

そんな津久井在来大豆のイベントが、

明日11月29日、JAさがみさんと文教大学笠岡ゼミとの

共同企画で開催されます。

詳しくは、こちらをご覧ください。

  

在来作物のおいしさには、その歴史的背景も含まれることを

改めて感じた「食と農のフォーラム」。

参加させていただいたこと、心から感謝申し上げます。

 

  

※2枚目と3枚目の写真は、神奈川県のHPよりお借りしました。

 

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