記録だけ 2011年度 14
『説経節』から 「信徳丸」
昭和44年3月10日 初版
平凡社
東洋文庫 248
「信徳丸」 115-160
「信徳丸」解説 328-330
361ページ ?+税
テレビで通し狂言『摂州合邦辻』を見たので、その元となった謡曲『弱法師』(観世流百番集)を読んだ。
これは楽しい!と思い、次に『文楽瑠璃集 』の「摂州合邦辻」
この際だからと、本日『説経節』「信徳丸」と解説を読む。
『説経節』の「信徳丸」は謡曲『弱法師』に内容は近い。
謡曲『弱法師』の前後があり、内容はふくらみがある。
その分謡曲『弱法師』は心情の深みが読みとれる。
能楽では弱法師と共に歩むとされる女性の説明はない。
おそらく義母だとされているが、当時皆が知っていたという「信徳丸」の無駄な説明は省かれたといわれているようだ。
『説経節』では信徳丸の出生や名付け詳しく、乙姫との出会いのおもしろさにも目を惹くものがある。
義母の呪いの方法はアワビの貝に毒を盛る(摂州合邦辻)のではなく、木打ちの数の多さに驚く。
この呪術には呪術を持って解決し、義母のお涙(摂州合邦辻=信徳丸の種に自害)といった話の展開はない。
木打ちを羽箒で払い、信徳丸の目を払うと、眼病は失せ、目が開く。
民俗学的には箒は呪術的な性格を持っているとされる。
現在でも皇室が繭を育て絹織物をつくる行事を『正倉院展』で知ったが、その繭を育てる前に、繭部屋(?正式名不明)を皇后様が玉などを施した特別な箒でお払いになるとされている。
『説経節』「信徳丸」では箒は再生の意味で用いられている。
信徳丸は眼病(ライ病)となって、天王寺に捨てられる。
あとで偶然父と出会い連れ帰るというのが謡曲『弱法師』
『説経節』では乙姫が自分の身は美しすぎると巡礼の身に変装して信徳丸を探すといった、深い愛情を感じる。
この部分は歌舞伎の『摂州合邦辻』よりも趣を感じる。
歌舞伎の『摂州合邦辻』と『説経節』の「信徳丸」では膨らます部分が違う。
これは興味深い。
『説経節』「信徳丸」はどのような声色で語られたのだろう。
これを芝居仕立てに読むおもしろさも、捨てがたい。
『説経節』は口調が良くわかりやすいので、イメージは歌舞伎舞台となって広がる。
話は飛ぶが『源平盛衰記』で「漆を湯を沸かして身にあび、ほちょうして癩病(ライ病)のごとくになって」という記述がある。
詳しくは誤解を招くといけないのでここでは省く。
癩と盲目からの救済の物語の背景には、乞食芸能者であった説教の徒の願望と共感が織り込まれていたと、東洋文庫で荒木繁氏は説かれている。
最後までおつきあい下さいましてありがとうございました。
心より感謝申し上げます。
間違いやお気づきの点がございましたら、教えていただけましたらうれしいです。
宜しくお願い申し上げます。 乱鳥
又、イラン映画監督について教えて下さいまして、ありがとうございました。
あまり考えすぎないようになさって下さいね。
yoshyさん、お体の調子はいかがでしょうか。ご自愛下さいませ
冬来たりなば春遠からじ…です☆
ありがとね、控えめな(R)さん。
なんだかただいまものすごくうれしいタイミングだったんです☆ありがとうございます。
いつも暖かに見守って下さいまして、ありがとうございます☆^^☆
流石、国文学専攻のてくっぺさん
教えていただき、感謝しています。間違いを訂正させていただきました^^ありがとうございました♫
そうでしたか。経文なのですね^^語り物の文芸は本当に古いですね☆語り巫女や他色々ですね、それからあと、問答に変わるんでしょうか?
わたしは古典も民俗学もここ一、二年のことでしょう☆ごく最近の楽しみなので、てくっぺさんに教えていただき心強いです*^^*
「説経節」はもっと難しいのかと思っていましたが、単純にあらすじを追う分には楽しいのですね^^「読み込み方」がわからないので、気楽に読んで楽しんでいます
てくっぺさん
春はもうすぐ!とはいえ、寒いですね☆
お身体に気を付けて、楽しいお時間をお過ごし下さいね♫
語り物の文芸で、日本の古いやつですね。^±^
鎌倉から室町の時代の頃のですかね。^±^ノ