「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
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どうしたもんだろ?

2005-07-28 | ●介護録(~2015.2月)
火曜日、母はまた不機嫌に帰ってきた。担当はあの若いオニーチャンだ。(二十歳そこそこかと見えたけど、二十代半ばかしら)

送迎代金はいくらかと怒って聞いてる母……ムムッ。
思わず口ごもるオニーチャン。利用者の中にはお金がかかると聞くと「もう行かない」という人もいるので、彼が、なんと答えたものか…と戸惑った気持ちは分かる。私もどうやってこの場を切り抜けたらいいんだろう…って考えた。
でも、とっさの嘘っていうのなかなか出ません。

彼が帰った後、母はひとしきり文句を言っていた。彼が嫌いらしい。
母曰く「車の中で料金を聞いたらニタニタ笑ってるだけ。だから、じゃ、タダでいいのねと言うと、そんなわけにはいかないと言う」。
どこまで真実かは分からないけど、彼とのやりとり、彼の態度がカチンと来るのだろう。
すぐに忘れるけれど、その翌日、ヘルパーに「若い男の子に追いかけられた」と涙ながらに語っていた……イヤな思いが作り話に結びついたのだと思う。

新しいデイサービスに行きだして二週間。問題の彼の送迎は三回、そのうち二回が不機嫌な帰還…。
まだ慣れていないということで様子を見るしかないかな。
そのうち、彼と母の間にラポールの形成(信頼関係)ってのが出来るだろうか?