『牛の首』という話がある。
もっとも恐ろしいといわれる怪談だ。
いつ、誰が作ったものかはわからない。
古くから語り継がれている話のようで、小松左京氏に同題の掌編小説があるが、それも伝え聞いた話として書かれている。
『牛の首』とはどんな話なのか。
それは誰にもわからない。あまりにも恐ろしい話なので、聞いた者は恐怖のあまり死んでしまう。
だから、話の内容を知る者は誰もいなく、伝わっているのは『牛の首』という題名だけ、という話である。
先日、これとよく似た話を聞いた。
ある番組の収録で、あるタレントが自分の恐怖体験を語った。
たしかにそれはスタジオにいた誰もが身震いするような恐ろしい話だったという。
収録を終えた後、今度はオンエアに向け、それを編集しなければならない。
編集の段階で、繰り返し同じ話を聞くことになるが、それでもその話の恐ろしさは変わることはなかった。
「本当に何度も聞いても怖いんだ」
編集の初期段階はディレクターが一人でやることが多い。
夜更けまで一人狭い部屋にこもって、繰り返し見るうちに、恐怖はついに彼の限界に達した。
「あんまり怖いからさ」
そして彼は思わぬ行動に出た。
「それ以上編集できなくて、全部カットしちゃったよ」
恐ろしすぎてオンエアできないのではなく、恐ろしすぎて編集できず闇に葬られてしまった怪談。
まさにテレビ界の『牛の首』である。
※数年前にネットマガジンに連載した原稿を発掘。
もうそのネットマガジンも存在していないようなので、
時々、こちらに移植します。