私的図書館

本好き人の365日

九月の本棚 『海の仙人』

2008-09-20 23:59:00 | 本と日常
恋愛小説…なんでしょうね。

今回は、絲山秋子さんの*(キラキラ)*『海の仙人』*(キラキラ)*をご紹介します。

宝くじに当たって3億円を手に入れた男。

彼は会社をやめ、気に入った土地を求めて旅をし、日本海、敦賀の海の近くに落ち着きます。

海の色。
砂の色が気に入ったから。

海で泳ぎ、魚を釣り、畑で野菜を作る。

ヤドカリを飼い、部屋には砂浜の砂を運んで敷きつめる。

男のもとを訪れた元同僚は、その暮らしぶりをまるで「仙人みたい」と評します。

そして奇妙な同居人、”ファンタジー”という名前の変な神さま。

恋愛小説…なんでしょうね。

”ファンタジー”の姿は誰にでも見えるわけではありません。
神さまといっても、特に何かができるというわけでもないみたい。
ま、数少ない特技として、姿を消したりとかはできます。
最後のニホンオオカミや、佐渡のトキともしやべったこともあるとか。
ですが基本的には役立たずです。

”ファンタジー”の姿を見た人は、なぜか彼が”ファンタジー”であると知っていて、懐かしい人に会ったような気がします。(中には例外もいますが)

子どもの頃から、目には見えないけれど、ずっといっしょにいてくれた人。

そんな感じかな?


「ファンタジーも孤独なんだね」
「誰もが孤独なのだ」


恋愛小説です。

ふいに男の前にあらわれた女性。
一緒に泳ぎ、笑い、グチをこぼす。
彼女のことを愛している。だけど結婚はできない。
自分の抱えている全てを彼女に押し付けることはできない…

会社の元同僚。
口は悪いがいつも本気でしゃべってきてくれる。
彼女は自分を正直にぶつけてきてくるれ。
だけど、愛しているのは、彼女じゃない。

…人間って孤独ですよね。

でも、そのことを受け入れた時、ちょっとだけ、孤独との付き合い方もわかってくるのかも。

誰もが孤独の海の中で泳いでいる。
一人一人が冷たい体を抱えて必死にただよっている。
お互いに、その心に冷たさを抱えたまま、でもその体を抱きしめ合えば、少しだけはあたたかい…

たとえ、いつかは別れがくると知っていても。

このお話に「答え」はありません。
男が女と出会い、海で泳いだり、同僚と遊びにでかけたり、変な神さまと酒を飲んだり、神さま同伴でラブホテルに泊まったり、カレーを食べたり、愛する人を看取ったり…

”ファンタジー”は語ります。


「…自らが自らを救うのだ」


ピックアップトラック。
カーティス・メイフィールド。
『セロ弾きのゴーシュ』に『よだかの星』
ホスピスの庭に咲く沈丁花。
海岸で聞くチェロの音。

なんともいえない読書感が残る作品です。

夏の終わりを告げる雨が通り過ぎ、そろそろ読書の秋。

ゆっくりと打ち寄せる波の音に耳を澄ます時間も余裕もない忙しい大人の方へ。

この物語をオススメします☆








絲山 秋子  著
新潮文庫