2016年に神奈川県の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で起きた「相模原障害者施設殺傷事件」
元職員の男が入所者19人を刺殺、入所者、職員計26人に重軽傷を負わせました。
自首した犯人は「障害があって家族や周囲も不幸だと思った」「殺害した自分は救世主だ」などと供述したといいます。
事件そのものも衝撃でしたが、犯人のこうした主張に衝撃を受けた人も少なくなかったと思います。
私は同級生に障害を持った子がいましたし、親戚にダウン症のお兄ちゃんもいるので、幸や不幸は私たちとかわらないと思っていますし、そんなことが理由で殺されたんじゃ、武器を(もしくはお金を)持っている者、力の(もしくは権力の)強い者の勝手な論理で誰だって殺されかねないわけで、すごく腹が立ちました。
坂部久羊さんの介護サスペンス小説『介護士K』(KADOKAWA)を読みました。
2014年に実際に起きた、川崎市幸区の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で入所者3名が相次いで転落死した事件を下敷きにしています。
主人公は犯人と疑われる介護施設の職員。
「死なせるのは慈悲なんです」
車椅子に乗り、老人ホームという「老人牧場」で日がな1日ボーとテレビを見て過ごす。
認知症で自分がどうしてここにいるのかわからず徘徊し、何度も繰り返し同じことをたずねる。
自分の孫のような職員にうながされて童謡をみんなで歌い、体操をし、塗り絵や折り紙をする。
オムツをはかされ、胃ろうでチューブから直接栄養を補給され、何年も何年も寝たきり。
でも家族は願う、「1日でも長生きして欲しい」
・・・高齢者は自分で死ぬこともできない。
重いテーマなので、スッキリ解決! なんて結末はありません。
ただ、テレビや新聞では建前が邪魔して書けない超高齢化社会の問題、介護現場の本音を、フィクションだから、悪人という設定の人物が語ることだからという体裁で問題提起している。
苦しむ老人にとって、死はある意味で救い・・・
善意による殺人の是非。
社会福祉の人材も税金も限られた資源。
それを死を待つだけの老人にいつまで使い続けなければならないのか。
現実の日本の政府を見ていると、こんな犯人の主張を裏付けるような政策もあるからやっかい。
2025年には団塊の世代が75歳をむかえ、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という、超高齢化社会になる日本。
最近、介護施設での虐待のニュースや介護職の過酷な状況、低賃金や人手不足のニュースもよく耳にするようになりました。
2020年東京オリンピック開催! とか浮かれてていいの?
作者はもともと医療関係者。そのせいか介護や看護、医師の描写などはけっこうリアルで、他の作品ですがテレビでドラマ化もされています。
ですが、人物の内面描写や設定、ストーリーにやや難があるため、読めば読むほどストレスが溜まる(苦笑)
作家の山田詠美さんには「こんなに面白い題材で、よくこんなにつまらない小説が書けるものだ」と応募した文芸雑誌の落選の評でいわれたこともあったとか。
そういえば、脚本家の橋田壽賀子さんも『安楽死で死なせて下さい』(文春新書)という本を書いてみえましたね。
認知症になって人に迷惑をかける前に、スイスだかの安楽死支援をしている団体に頼んで安楽死させて欲しいと。
いつどうやって生まれるのかは選べないが、いつ、どうやって死ぬのかは自分で選ぶことができる・・・
「相模原障害者施設殺傷事件」の犯人のように、「不幸しか生み出さない役に立たない高齢者」を大量殺人しようとする人物も登場します。
「もう生きていたくない」「殺して欲しい」と望む老人も登場します。
死生観はそれこそ本当にプライベートな問題なので他人がとやかく言うことではありませんし、死は金持ちも貧乏人も関係なく誰にでももれなく訪れます。
だからこそ、誰かに決めて欲しくない。
同じ理由で誰かに「殺して(安楽死させて)欲しい」というのも違う気がします。
確かに今の日本の介護業界、福祉政策にはかなり問題があると私も思うので、介護士さんや保育士さんの待遇はもっと良くして欲しいし、そのためなら税負担を増やしても仕方がないと思うし、認知症の人が例えば電車を止めてその家族に多額の賠償金を払わせるとか酷だと思うし(一部の市町村ではそうした場合の保険を導入した所もあります)、じゃあ認知症の人は閉じ込めておけっていうのも問題解決にはならないと思う。
本当にこのテーマはいろいろ考えさせられるので、小説が一部の事件、一部の人間の心情に留まっているのが非常にもどかしかったです。
この本をもとに「どう感じたか」はいろいろな人に聞いてみたい気はしましたけどね。
「生産性がないから税金を使うべきではない」とか「年を取ったやつが悪いみたいなことを言っている変なのがいっぱいいるが、それは間違い。子どもを産まなかったほうが問題なんじゃないか」とかどっかの議員さんみたいな意見が出たらガッカリしちゃいますが。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます