永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(579)

2009年12月03日 | Weblog
09.12/3   579回

三十八帖 【鈴虫(すずむし)の巻】 その(9)

 そんなある日、源氏はこのお庭内に虫を放ち飼いなさって、風が吹いて涼しくなる夕方、ご自身がこの宮邸にお渡りになり、

「なほ思ひ離れぬさまを聞こえ悩まし給へば」
――なおも、女三宮を思い切れないような胸の内を仄めかされますので――

 女三宮はお心の内で、例のとおりの好き心よと、ただもう迷惑にお感じになるのでした。宮はお心の内で、

「ひと目にこそ変わることなくもてなし給ひしか、内には憂きを知り給ふ気色しるく、こよなう変わりにし御心を、いかで見え奉らじの御心にて、おほうは思ひなり給ひにし御世の背きなれば、今はもて離れて心安きに、なほかやうになど聞こえ給ふぞ苦しうて、人離れたらむ御住まいみのがな、と思しなれど、およずけてえさも強ひ申し給はず」
――(源氏は)人前でこそ気どられぬように変わりないご態度でしたが、内心ではあの柏木の事件を恨めしくも憎くも思っておられるご様子がはっきりと見え、お仕打ちもこれまでとは打って変わって陰険になられて参りましたので、何とかして顔を合せまいと決心して出家の道を選んだのです。今はこうして源氏にかかわりを持たずに安心して過ごしておりますのに、やはりこんな風に言い寄って来られるのは厭で、もっと離れたところに住みたいと思われるのですが、ご自分からは分別もいくらか備わっていらして、強いてはおっしゃいません――

「十五夜の夕暮れに、仏の御前に宮おはして、端近うながめ給ひつつ念誦し給ふ。若気尼君たち二三人花奉るとて、鳴らす閼伽杯の音、水のけはひなど聞こゆる、様かはりたるいとなみに、そそきあへる、いとあはれなるに」
――十五夜の夕暮れに、女三宮が仏間に来られて、端近なところで物思いがちに念仏を唱えていらっしゃる。若い尼の女房達二三人が、花をお供えしますのに、閼伽杯に水をそそぐ時の金具が触れ合う音などさせて、こうした浮世離れのした御用に忙しげなのも、
まことにあわれ深い、そんなときに――

 例のように源氏がお渡りになってこられて、「虫の音の降るように鳴き乱れるゆうぐれですね」とおっしゃって、ご自分もそっと経文を誦されます。

◆およずけ=自分から

◆十五夜の夕暮れ=旧暦の秋は7月~9月。ここでは8月の十五夜

◆写真:「鈴虫の巻」復元模写(1)
出家した女三宮の御殿の庭に、源氏が鈴虫(今の松虫)を放された。
十五夜の夕暮れ、源氏が訪れる。

ではまた。