09.12/23 599回
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(14)
お心の内で落葉宮は思い続けます。
「ましてかうあるまじき事に、余所に聞くあたりにだにあらず、大殿などの聞き思ひ給はむことよ、なべての世の誹りをばさらにもいはず、院にもいかに聞し召し思ほされむ」
――ましてや、この夕霧と間違いが起こったりしたならば、まったくの赤の他人という訳でもなし、致仕大臣(柏木の父君)などがどう聞かれ、どうお思いになりましょう。世間一般の非難は無論のこと、御父(朱雀院)もどう思われましょう――
と、あれこれご関係のある方がたのお心に考えを巡らされては、残念でならず、また、
「わが心ひとつに、かう強う思ふとも、人の物言ひいかならむ、御息所の知り給はざらむも、罪得がましう、かく聞き給ひて、心幼くと思しのたまはむもわびしければ」
――自分一人が固く心を持って拒み通そうとも、世間はどう噂するでしょう。母上がご存知ないのも気が咎めますし、このことをお聞きになって、何と浅はかなことを、と、おっしゃられそうな事も辛いことで――
「『明さでだに出で給へ』と、やらひ聞こえ給ふより外のことなし」
――「せめて夜の明けないうちにお帰りになってくださいまし」と、ただ追い払うように申されるより外にないのでした――
夕霧は、
「あさましや、ことあり顔にわけ侍らむ、朝露の思はむ所よ。なほさらば思し知れよ。かうをこがましきさまを見え奉りて、かしこう賺しやりつと思し離れむこそ、その際は心もえをさめあふまじう、知らぬ事々、けしからぬ心づかひもならひはじむべう、思ひ給へらるれ」
――何と、とんでもないことをおっしゃいますね。何か事があったように朝露を踏み分けて帰っては、朝露が何と思います事か。そんなことをおっしゃるなら覚えておいてくださいよ。このような馬鹿げた格好をお見せしたわたしを惨めな目にあわせて、うまく
騙して帰したとほっとなさるなら、その時こそは、私も胸にすえかねて、どうなっても構うものか、今まで持たなかった猛々しい心を起こすこともあるかと存じますよ――
とおっしゃいましたが、元来、出来心で女に戯れることなどまことに不慣れな真面目なお人柄ですので、宮にもお気の毒であり、ご自身も見下げられそうな気がして、お互いの為に恥を晒さないですむようにと、霧に隠れてお帰りになりますのも、気もそぞろでいらっしゃる。
ではまた。
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(14)
お心の内で落葉宮は思い続けます。
「ましてかうあるまじき事に、余所に聞くあたりにだにあらず、大殿などの聞き思ひ給はむことよ、なべての世の誹りをばさらにもいはず、院にもいかに聞し召し思ほされむ」
――ましてや、この夕霧と間違いが起こったりしたならば、まったくの赤の他人という訳でもなし、致仕大臣(柏木の父君)などがどう聞かれ、どうお思いになりましょう。世間一般の非難は無論のこと、御父(朱雀院)もどう思われましょう――
と、あれこれご関係のある方がたのお心に考えを巡らされては、残念でならず、また、
「わが心ひとつに、かう強う思ふとも、人の物言ひいかならむ、御息所の知り給はざらむも、罪得がましう、かく聞き給ひて、心幼くと思しのたまはむもわびしければ」
――自分一人が固く心を持って拒み通そうとも、世間はどう噂するでしょう。母上がご存知ないのも気が咎めますし、このことをお聞きになって、何と浅はかなことを、と、おっしゃられそうな事も辛いことで――
「『明さでだに出で給へ』と、やらひ聞こえ給ふより外のことなし」
――「せめて夜の明けないうちにお帰りになってくださいまし」と、ただ追い払うように申されるより外にないのでした――
夕霧は、
「あさましや、ことあり顔にわけ侍らむ、朝露の思はむ所よ。なほさらば思し知れよ。かうをこがましきさまを見え奉りて、かしこう賺しやりつと思し離れむこそ、その際は心もえをさめあふまじう、知らぬ事々、けしからぬ心づかひもならひはじむべう、思ひ給へらるれ」
――何と、とんでもないことをおっしゃいますね。何か事があったように朝露を踏み分けて帰っては、朝露が何と思います事か。そんなことをおっしゃるなら覚えておいてくださいよ。このような馬鹿げた格好をお見せしたわたしを惨めな目にあわせて、うまく
騙して帰したとほっとなさるなら、その時こそは、私も胸にすえかねて、どうなっても構うものか、今まで持たなかった猛々しい心を起こすこともあるかと存じますよ――
とおっしゃいましたが、元来、出来心で女に戯れることなどまことに不慣れな真面目なお人柄ですので、宮にもお気の毒であり、ご自身も見下げられそうな気がして、お互いの為に恥を晒さないですむようにと、霧に隠れてお帰りになりますのも、気もそぞろでいらっしゃる。
ではまた。