09.12/11 587回
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(2)
というのも、以前から御息所の祈祷師として物の怪などを払った律師が比叡山に籠っておられ、人里には出ないと誓っておられますのを、山麓のこの山荘近くに下りて頂けるようお願いなさったからでした。
夕霧は、御息所の御車やお供の者もご自分の方ですべてに用意なさって、細ごまと準備されたのでした。
「なかなかまことの昔の近きゆかりの君達は、事わざしげき己がじしの世の営みに紛れつつ、えしも思ひ出で聞こえ給はず」
――亡き柏木の近親の方々は、忙しいそれぞれのご生活に紛れていらして、全く少しも御息所や落葉宮のことなど思い出しもされません――
「弁の君はた、思ふ心なきにしもあらで、気色ばみけるに、ことのほかなる御もてなしには、強ひてえまうでとぶらひ給はずなりにたり」
――(柏木の弟君の)弁の少将も、落葉宮に気が無い訳ではなくて、それとなく言い寄られたのですが、素っ気ないご態度だったそうで、それからは無理にお訪ね申す事も
なくなっておりました――
「この君は、いとかしこう、さりげなくて聞こえ馴れ給ひにたまえり。修法などせさせ給ふと聞きて、僧の布施浄衣などやうの、こまかなるものをさへ奉れ給ふ。悩み給ふ人はえ聞こえ給はず」
――この君、夕霧は、大そうお上手に何気ない様子で親しくなられたようでした。御息所が物の怪を払う祈祷をおさせになると夕霧はお聞きになって、僧への御布施や白衣など細ごましたものまでご用意して差し上げました。ご病気の御息所は御礼もお書きになれないでいらっしゃるので――
侍女たちが、自分たちの代筆のお礼状では夕霧大将には軽々しいでしょうと申し上げて、落葉宮がお書きになりました。その書状は、
「いとをかしげにて、ただ一行など、おほどかなる書きざま、言葉もなつかしき所かきそへ給へるを、いよいよ見まほしう目とまりて、繁う聞こえかよひ給ふ」
――たいへん綺麗なご筆跡で、たった一行ゆったりした書風で用語もなつかしみがありますのを、夕霧がご覧になって、ますます落葉宮を見てみたいと思って、しげしげと小野の山荘に訪ねて行かれるのでした――
ではまた。
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(2)
というのも、以前から御息所の祈祷師として物の怪などを払った律師が比叡山に籠っておられ、人里には出ないと誓っておられますのを、山麓のこの山荘近くに下りて頂けるようお願いなさったからでした。
夕霧は、御息所の御車やお供の者もご自分の方ですべてに用意なさって、細ごまと準備されたのでした。
「なかなかまことの昔の近きゆかりの君達は、事わざしげき己がじしの世の営みに紛れつつ、えしも思ひ出で聞こえ給はず」
――亡き柏木の近親の方々は、忙しいそれぞれのご生活に紛れていらして、全く少しも御息所や落葉宮のことなど思い出しもされません――
「弁の君はた、思ふ心なきにしもあらで、気色ばみけるに、ことのほかなる御もてなしには、強ひてえまうでとぶらひ給はずなりにたり」
――(柏木の弟君の)弁の少将も、落葉宮に気が無い訳ではなくて、それとなく言い寄られたのですが、素っ気ないご態度だったそうで、それからは無理にお訪ね申す事も
なくなっておりました――
「この君は、いとかしこう、さりげなくて聞こえ馴れ給ひにたまえり。修法などせさせ給ふと聞きて、僧の布施浄衣などやうの、こまかなるものをさへ奉れ給ふ。悩み給ふ人はえ聞こえ給はず」
――この君、夕霧は、大そうお上手に何気ない様子で親しくなられたようでした。御息所が物の怪を払う祈祷をおさせになると夕霧はお聞きになって、僧への御布施や白衣など細ごましたものまでご用意して差し上げました。ご病気の御息所は御礼もお書きになれないでいらっしゃるので――
侍女たちが、自分たちの代筆のお礼状では夕霧大将には軽々しいでしょうと申し上げて、落葉宮がお書きになりました。その書状は、
「いとをかしげにて、ただ一行など、おほどかなる書きざま、言葉もなつかしき所かきそへ給へるを、いよいよ見まほしう目とまりて、繁う聞こえかよひ給ふ」
――たいへん綺麗なご筆跡で、たった一行ゆったりした書風で用語もなつかしみがありますのを、夕霧がご覧になって、ますます落葉宮を見てみたいと思って、しげしげと小野の山荘に訪ねて行かれるのでした――
ではまた。