09.12/20 596回
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(11)
夕霧は、このようなお振舞いのなかで、落葉宮を、
「人の御有様の、なつかしうあてになまめい給へること、さはいへどことに見ゆ。世と共にものを思ひ給ふけにや、やせやせにあえかなる心地して、うちとけ給へるままの御袖のあたりもなよびかに、けぢかうしみたるにほひなど、とりあつめてらうたげに、やはらかなる心地し給へり」
――(宮の)ご様子は、お優しそうで気品高く、やはり何といっても他の人とは違っています。この年月を物思いなさったせいか、お痩せになって弱々しい感じで、脱ぎかけておられるままの袖のあたりに、香を薫きしめたかおりなど、何もかも女らしく、物やわらかに思われます――
風の音もかすかに、更けていく夜の気配、虫の音、鹿の鳴く声、そしてかすかな滝の水音と、それらがすべて一つに溶け合っているような、趣深い風情の折ですので、夕霧は、涙を抑えきれないほどのお気持で、
「なほ、かう思し知らぬ御有様こそ、かかるをば、しれものなどうち笑いて、つれなき心もつかふなれ、あまりこよなく思し貶したるに、えなむしづめはつまじき心地し侍る。世の中を無下に思し知らぬにしもあらじを」
――やはりこうも御同情のない御態度こそ、返ってお心の浅さが知られます。私はこんな風な世なれていない愚直者で、ご心配のない点でも無類であろうと思いますが、気軽な身分の人は、私のような者を馬鹿者だなどと嘲笑って、つれない仕打ちをするものでしょうか。あなたは私をあまりお蔑みになりますので、私も心を鎮めかねる思いです。男女の情を全然ご存知ないわけでもありますまいに――
落葉宮は、あれこれと夕霧の言葉に責められて、何とお答えして良いものかと、わびしく思いめぐらしておいでになります。
◆えなむしづめはつまじき心地=決して心を鎮めることができない
◆世の中=男女の仲
ではまた。
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(11)
夕霧は、このようなお振舞いのなかで、落葉宮を、
「人の御有様の、なつかしうあてになまめい給へること、さはいへどことに見ゆ。世と共にものを思ひ給ふけにや、やせやせにあえかなる心地して、うちとけ給へるままの御袖のあたりもなよびかに、けぢかうしみたるにほひなど、とりあつめてらうたげに、やはらかなる心地し給へり」
――(宮の)ご様子は、お優しそうで気品高く、やはり何といっても他の人とは違っています。この年月を物思いなさったせいか、お痩せになって弱々しい感じで、脱ぎかけておられるままの袖のあたりに、香を薫きしめたかおりなど、何もかも女らしく、物やわらかに思われます――
風の音もかすかに、更けていく夜の気配、虫の音、鹿の鳴く声、そしてかすかな滝の水音と、それらがすべて一つに溶け合っているような、趣深い風情の折ですので、夕霧は、涙を抑えきれないほどのお気持で、
「なほ、かう思し知らぬ御有様こそ、かかるをば、しれものなどうち笑いて、つれなき心もつかふなれ、あまりこよなく思し貶したるに、えなむしづめはつまじき心地し侍る。世の中を無下に思し知らぬにしもあらじを」
――やはりこうも御同情のない御態度こそ、返ってお心の浅さが知られます。私はこんな風な世なれていない愚直者で、ご心配のない点でも無類であろうと思いますが、気軽な身分の人は、私のような者を馬鹿者だなどと嘲笑って、つれない仕打ちをするものでしょうか。あなたは私をあまりお蔑みになりますので、私も心を鎮めかねる思いです。男女の情を全然ご存知ないわけでもありますまいに――
落葉宮は、あれこれと夕霧の言葉に責められて、何とお答えして良いものかと、わびしく思いめぐらしておいでになります。
◆えなむしづめはつまじき心地=決して心を鎮めることができない
◆世の中=男女の仲
ではまた。