永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(583)

2009年12月07日 | Weblog
09.12/7   583回

三十八帖 【鈴虫(すずむし)の巻】 その(13)

 源氏をはじめ、人々の車を身分の順序に並べて一同は六条院を出て、冷泉院のお住まいに参上されます。内輪の参上の形で、今宵は昔の臣下の気分に返って気軽にこのようになさいましたところ、冷泉院はたいそう驚きながらも歓迎なさったのでした。

「ねびととのひ給へる御容貌、いよいよことものならず。いみじき御盛りの世を、御心と思し棄てて、静かなる御有様に、あはれ少なからず。」
――(冷泉院のご様子は)年と共にご立派になられたご容貌は、ますます源氏と瓜二つでいらっしゃる。今が盛りでいらっしゃるお歳なのに、御自ら御位を棄てて閑居しておられるご様子に、人々は感慨無量です――

 この夜の詠は、漢詩も和歌も趣深くて大そう面白くお過ごしになり、明け方には皆早々にお帰りになりました。源氏だけはこの御機会にと秋好中宮のお部屋にお伺いして
お話をなさいます。

「今はかう静かなる御住まひに、しばしばも参りぬべく、何とはなけれど、(……)われより後の人々に、方々につけて後れ行く心地し侍るも、いと常なき世の心細さの、のどめ難う覚え侍れば、(……)」
――(あなたも)今ではこうした静かなお住まいにおられるのですから、私も度々参上して、あれやこれやの昔の思い出などお話合いしたいのですが、(院号を拝しながら、どっちつかずの中途半端な身分柄気恥かしくて。私より年若い人が亡くなったり、出家されますにつけても、私もいっそ世離れた山住みと思い立ちましても)、それでは後に残る人々が心もと無いでしょう。(それを宜しくお世話下さいと前にもあなたにお願いしました。その望みをどうぞお心にお止置きください)――

 と、細々と申し上げます。

 中宮はいつものように若々しく、大様なご様子ながら、しみじみとご自分も出家したいことを仄めかされます。

◆ねびととのひ=ねび整ふ=成長し、心身ともに成熟する。大人びる。

◆ことものならず=異物ならず=(源氏と)違わない

◆冷泉院:表向きには桐壺帝と藤壺の皇子だが、実は源氏と藤壺の秘密の御子である。父子ともにそれには触れないが冷泉院は気づいている。皇統は桐壺帝→朱雀帝(桐壺帝の第一子)→冷泉帝(桐壺帝の第三子・実は源氏の子)→今帝(朱雀帝の御子)と続く。
 紫式部は物語の中で、不義の御子の皇統を認めない。冷泉帝に御子が一人もいない設定にしている(秋好中宮に御子が産まれない)。現実の天皇家への気使いがある。

◆写真:「鈴虫の巻」復元模写(2)
左上が冷泉院、中ほどに源氏。
冷泉院よりお召しがあり、臣下として我が子と対面する源氏の心情は複雑である。

ではまた。