09.12/4 580回
三十八帖 【鈴虫(すずむし)の巻】 その(10)
「阿弥陀の大呪、いと尊くほのぼの聞ゆ。げに声々聞こえたる中に、鈴虫のふり出でたる程、はなやかにをかし」
――(女房たちの)阿弥陀の大呪(だいず)が真に尊くほのぼのと聞こえます。なるほど、とりどりの虫の声の中に鈴虫が鈴を振るように鳴き出したのが、はなやかに際立って聞こえます――
源氏は、この虫の音に昔のいろいろな事を重ねて思い出にふけりながら、「松虫は、長寿らしい名を持っているが、短命らしい。人にも親しまぬようで奥山や遠い野で鳴くらしい。それに比べて鈴虫は親しみやすく、賑やかなのが、実に可愛いですね」とおっしゃると、女三宮は、(歌)に、
「大方の秋をば憂しと知りにしをふり捨てがたき鈴虫の声」
――だいたい秋は侘しいものと分かりましたが、鈴虫の声には未練が残ります。(「秋」に「飽き」を響かす)
と、大そう優雅な感じで、上品でいらっしゃる。源氏は、
「いかにとかや。いで思ひの外なる御事にこそ」
――おや、何とおっしゃいます。心外なお言葉ですね――
とおっしゃって、(歌)
「こころもて草のやどりをいとへどもなほすず虫の声ぞふりせぬ」
――鈴虫が人を離れても良い声で鳴くように、あなたはご自分で出家されたのだが、
そのお声ははやり変わらずに若々しくて、今でも思い切れないのです――
と、七絃琴をお取り寄せになって、珍しくお弾きになる。
◆阿弥陀の大呪(あみだのだいず)=阿弥陀如来根本大陀羅尼という真言の呪文
◆鈴虫と松虫=一説には、古くは、鈴虫と松虫の呼び名が今と入れ替わっていたという。
◆写真:源氏物語絵巻「鈴虫の巻」。端近で物思いの出家した女三宮か?
ではまた。
三十八帖 【鈴虫(すずむし)の巻】 その(10)
「阿弥陀の大呪、いと尊くほのぼの聞ゆ。げに声々聞こえたる中に、鈴虫のふり出でたる程、はなやかにをかし」
――(女房たちの)阿弥陀の大呪(だいず)が真に尊くほのぼのと聞こえます。なるほど、とりどりの虫の声の中に鈴虫が鈴を振るように鳴き出したのが、はなやかに際立って聞こえます――
源氏は、この虫の音に昔のいろいろな事を重ねて思い出にふけりながら、「松虫は、長寿らしい名を持っているが、短命らしい。人にも親しまぬようで奥山や遠い野で鳴くらしい。それに比べて鈴虫は親しみやすく、賑やかなのが、実に可愛いですね」とおっしゃると、女三宮は、(歌)に、
「大方の秋をば憂しと知りにしをふり捨てがたき鈴虫の声」
――だいたい秋は侘しいものと分かりましたが、鈴虫の声には未練が残ります。(「秋」に「飽き」を響かす)
と、大そう優雅な感じで、上品でいらっしゃる。源氏は、
「いかにとかや。いで思ひの外なる御事にこそ」
――おや、何とおっしゃいます。心外なお言葉ですね――
とおっしゃって、(歌)
「こころもて草のやどりをいとへどもなほすず虫の声ぞふりせぬ」
――鈴虫が人を離れても良い声で鳴くように、あなたはご自分で出家されたのだが、
そのお声ははやり変わらずに若々しくて、今でも思い切れないのです――
と、七絃琴をお取り寄せになって、珍しくお弾きになる。
◆阿弥陀の大呪(あみだのだいず)=阿弥陀如来根本大陀羅尼という真言の呪文
◆鈴虫と松虫=一説には、古くは、鈴虫と松虫の呼び名が今と入れ替わっていたという。
◆写真:源氏物語絵巻「鈴虫の巻」。端近で物思いの出家した女三宮か?
ではまた。