09.12/28 604回
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(19)
阿闇梨は「追い風に、薫きしめたお香のかおりで頭痛がするくらいでしたので、ああ夕霧大将だと、得心したわけです」と、つづけて、
「この事いと切にもあらぬことなり。人はいと有職にものし給ふ。なにがし等も、童にものし給うし時より、かの君の御為の事は、修法をなむ、故大宮の宣ひつけたりしかば、一向にさるべきこと、今に承る所なれど、いと益なし」
――夕霧大将をお通わせなさるなど、まったくもって、とんでもないことです。あの方は大そうな有職(ゆうそく=知識人)でいらっしゃる。私なども御幼少の頃からあの方の御為には、加持を故・祖母君の仰せつけで、専らそのほうの御用を今も承っておりますが、それにしましても困ったことです――
「本妻強くものし給ふ。さる時にあへる族類にて、いとやむごとなし。若君たちは七、八人になり給ひぬ。え皇女の君おし給はじ」
――何しろ、後本妻の雲井の雁がしっかりしておられます。ご実家はあれほどの当代一流の権門でいらっしゃって、大したものです。たしか、男のお子たちが七、八人いらっしゃるとか。内親王であられます落葉宮でも、雲井の雁の上にお立ち出になることはご無理でしょう――
阿闇梨はつづけて、
「また女人の悪しき身をうけ、長夜の闇に惑ふは、ただかやうの罪によりなむ、さるいみじき報いをも受くるものなる。人の御怒り出できなば、長きほだしとなりなむ。専らうけひかず」
――また女性が罪深い身に生まれ、あの世で永劫に成仏できないのは、ただこうした愛欲の罪によって、そのような悪い報いを受けるものなのです。ご本妻のご嫉妬が生じましたなら、永劫の罪障となるでしょう。全く私は賛成できませんな――
と、頭を振って、遠慮もなく言ってのけますので、御息所は、
「いとあやしき事なり…」
――それは、おかしなお話ですこと…――
◆族類(ぞうるい)=一族
◆長夜(ちょうや)の闇に惑ふ=救いようの無い永劫の罪障
ではまた。
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(19)
阿闇梨は「追い風に、薫きしめたお香のかおりで頭痛がするくらいでしたので、ああ夕霧大将だと、得心したわけです」と、つづけて、
「この事いと切にもあらぬことなり。人はいと有職にものし給ふ。なにがし等も、童にものし給うし時より、かの君の御為の事は、修法をなむ、故大宮の宣ひつけたりしかば、一向にさるべきこと、今に承る所なれど、いと益なし」
――夕霧大将をお通わせなさるなど、まったくもって、とんでもないことです。あの方は大そうな有職(ゆうそく=知識人)でいらっしゃる。私なども御幼少の頃からあの方の御為には、加持を故・祖母君の仰せつけで、専らそのほうの御用を今も承っておりますが、それにしましても困ったことです――
「本妻強くものし給ふ。さる時にあへる族類にて、いとやむごとなし。若君たちは七、八人になり給ひぬ。え皇女の君おし給はじ」
――何しろ、後本妻の雲井の雁がしっかりしておられます。ご実家はあれほどの当代一流の権門でいらっしゃって、大したものです。たしか、男のお子たちが七、八人いらっしゃるとか。内親王であられます落葉宮でも、雲井の雁の上にお立ち出になることはご無理でしょう――
阿闇梨はつづけて、
「また女人の悪しき身をうけ、長夜の闇に惑ふは、ただかやうの罪によりなむ、さるいみじき報いをも受くるものなる。人の御怒り出できなば、長きほだしとなりなむ。専らうけひかず」
――また女性が罪深い身に生まれ、あの世で永劫に成仏できないのは、ただこうした愛欲の罪によって、そのような悪い報いを受けるものなのです。ご本妻のご嫉妬が生じましたなら、永劫の罪障となるでしょう。全く私は賛成できませんな――
と、頭を振って、遠慮もなく言ってのけますので、御息所は、
「いとあやしき事なり…」
――それは、おかしなお話ですこと…――
◆族類(ぞうるい)=一族
◆長夜(ちょうや)の闇に惑ふ=救いようの無い永劫の罪障
ではまた。