09.12/14 590回
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(5)
夕霧はさらに続けて、
「かかる御簾の前にて、人伝の御消息などの、ほのかに聞こえ伝ふることよ。まだこそならはね。いかに古めかしきさまに、人々ほほゑみ給ふらむと、はしたなくなむ。齢つもらず軽らかなりし程に、ほの好きたる方に面馴れなましかば、かううひうひしうも覚えざらまし。さらにかばかりすくずくしう、おれて年経る人は類あらじかし」
――このような御簾の前で、人伝てのご挨拶をやっと申し上げるなどとは、ついぞ経験したことがありませんよ。私を何という古風な人間かと、皆さんが笑っておいでではないかと恥ずかしくて極まりが悪い。もっと年も若く、官位も低かった時分に、色めいた振る舞いに馴れていましたなら、今頃になってこれほど恥ずかしい思いをしないで済んだでしょうに。私ほど生真面目で馬鹿正直に年月を送っている人は、めったに居ないでしょうよ――
侍女は、なるほどご立派な御方に軽々しい振る舞いはできかねると思って、宮のお側に膝を進めて、
「かかる御うれへ聞し召し知らぬやうなり」
――こんなにまで訴えておられますのに、知らぬ顔でご返事なさらないのは、いかがかと存じます――
落葉宮は、
「自ら聞こえ給はざめるかたはらいたさに、代わり侍るべきを、いと恐ろしきまでものし給ふめりしを、見あつかひ侍りし程に、いとどあるかなきかの心地になりてむ、え聞こえぬ」
――母上ご自身でご挨拶なさらない失礼の代わりに、お相手いたす筈でございますが、母上が恐ろしいほどひどいご容態でしたので、ご看病いたしております内に、私までが疲れ果てて、気分が悪く滅入っていて、お返事できません――
とお返事なさいましたのに、夕霧は、
「こは宮の御消息か」
――これは宮のお言葉ですか――
と、居ずまいを正して、さらに訴えるのでした。
ではまた。
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(5)
夕霧はさらに続けて、
「かかる御簾の前にて、人伝の御消息などの、ほのかに聞こえ伝ふることよ。まだこそならはね。いかに古めかしきさまに、人々ほほゑみ給ふらむと、はしたなくなむ。齢つもらず軽らかなりし程に、ほの好きたる方に面馴れなましかば、かううひうひしうも覚えざらまし。さらにかばかりすくずくしう、おれて年経る人は類あらじかし」
――このような御簾の前で、人伝てのご挨拶をやっと申し上げるなどとは、ついぞ経験したことがありませんよ。私を何という古風な人間かと、皆さんが笑っておいでではないかと恥ずかしくて極まりが悪い。もっと年も若く、官位も低かった時分に、色めいた振る舞いに馴れていましたなら、今頃になってこれほど恥ずかしい思いをしないで済んだでしょうに。私ほど生真面目で馬鹿正直に年月を送っている人は、めったに居ないでしょうよ――
侍女は、なるほどご立派な御方に軽々しい振る舞いはできかねると思って、宮のお側に膝を進めて、
「かかる御うれへ聞し召し知らぬやうなり」
――こんなにまで訴えておられますのに、知らぬ顔でご返事なさらないのは、いかがかと存じます――
落葉宮は、
「自ら聞こえ給はざめるかたはらいたさに、代わり侍るべきを、いと恐ろしきまでものし給ふめりしを、見あつかひ侍りし程に、いとどあるかなきかの心地になりてむ、え聞こえぬ」
――母上ご自身でご挨拶なさらない失礼の代わりに、お相手いたす筈でございますが、母上が恐ろしいほどひどいご容態でしたので、ご看病いたしております内に、私までが疲れ果てて、気分が悪く滅入っていて、お返事できません――
とお返事なさいましたのに、夕霧は、
「こは宮の御消息か」
――これは宮のお言葉ですか――
と、居ずまいを正して、さらに訴えるのでした。
ではまた。