礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

ウェブスターの辞書を「読んだ」神吉晴夫

2015-04-04 05:34:39 | コラムと名言

◎ウェブスターの辞書を「読んだ」神吉晴夫

 昨日の続きである。
 神吉晴夫〈カンキ・ハルオ〉の『カッパ兵法』(華書房、一八六六)から、その第五章「英語に強くなる法」を紹介している。本日はその二回目。昨日、紹介した部分に続き、節を改めて、次のように続く。

Vest Pocket Dictionaryから教わったこと
 これは、私がはじめて、ゼニを出して買い入れた舶来のパリッとした洋書だった。小型とはいえ、巻末に世界地図が何ページかあって、日本も一ページ独立して出ていたのを、今も鮮明におぼえている。これを持って、ふたたび山田先生をたずねた。すると、
「読んでみることやな。」
という。これには、私もおどろいた。辞書はひくものと思っていたからである。読めますかと聞くと、読めるという返事である。半信半疑のまま、私は辞書を繰って〈クッテ〉みた。
 好奇心と恐れに満ちた辞書の探検がはじまったのである。私は最初にタバコという字をひいてみようと思った。この辞書の代金一円十銭も、もとはといえば、兵庫県の加古郡と印南郡を販売区域として、一手にタバコの元売捌き〈モトウリサバキ〉をやっていた父が、長年かかって蓄えたお金のうちだったからである。私が村でたった一人、中学校へ通えたのもタバコのおかげであることは、いうまでもない。
 やっとタバコtobacco をさがしだし、みると、たにか英語でいろいろ書いてある。なるほど、これなら先生がいったとおり、辞書を読むことができる。だが、タバコとはなにかを説明する短い文章を読んでみると、ここにまた知らない英語の単語が三つも四つも出てくる。こんどは、その単語のところを、あらためて一つ一つ、あっちこっち、ひいてみる。
 私は物珍しさとド根性で、この辞書に食いさがった。そして、その説明文のなかにあるchewという言葉が<噛む>という意味であることを知ったとき、私は興奮した。タバコとは、火をつけてキセルかパイプで煙をすう葉っぱだと思っていたが、煙をすうだけでなく、噛むタバコもある、匂いを嗅ぐタバコもある、――これは、私には大発見だった。それまで私の使っていた日本の英和辞典では、tobaccoをひけば、たいてい「タバコ、煙草」とあるだけだった。急に日本のホンヤク辞典がみすぼらしく感じられるようになった。
 このアメリカわたりの英語で英語を説明してある辞書の探検が、しだいに、私を英語の世界に引きこんでいった。私は、朝起きてから寝るまで、一日中、いっときも手ばなさなくなった。そして、これを、ボロボロになるまで愛読しつづけたが、辞書を読むという習慣は、このときいらい、私の身についてしまった。辞書を読むたのしさを教えてくれた山田宇三郎先生は、私の一生を通じて何人かある恩人のひとりである。

ポケット辞典は食べるものではない
 さて、辞書を読んだ成果は、メキメキ成績に反映してきた。英作文が得意になり、英語の成績はクラスのトップ・グループにはいった。英語の勉強に、私はよろこびを発見することになったのである。仕事でも勉強でも同じことだが、なにかチャンスをつかまえて、それに夢中になることだ。私は英語の辞書の“探検”に夢中になることによって、三年生から四年生、四年生から五年生へと、英語の成績が目立つ存在になった。とりわけ、英作文には、百点満点がとれるようになった。つまり、英語という言語に特有の発想とか表現を、わが身につけることができたのである。のちに、私が『英語に強くなる本』という大ベストセラーをプロデュースすることができた原因をたずねてみると、ウェブスターの辞書〔Vest Pocket Dictionary〕で身につけた英語的発想にまで、さかのぼることができるだろう。【以下略】

 あいかわらず、文章がうまいし、話もおもしろい。
 こうやって、神吉晴夫の文章を書き写してみると、句読点の使い方、ルビの振り方から、センテンスの長短、改行のタイミングまで、細かく気を配っていることがわかる。
 おそらく、神吉は、学者や文筆家に対しても、同様の細かい気配りを要求したに違いないのである。

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