◎思想の確立が同時に生死解脱を要請する
このところ、二・二六事件関係の文献を読みあさっているが、基礎知識がないことが幸いして、どんな文献を読んでも興味深いし、読めば読むほど認識が深まってゆくのを感じる。
本日は、日本政治思想史家の河原宏(一九二八~二〇一二)が、一九七〇年(昭和四五)に発表した論文「超国家主義の思想的形成――北一輝を中心として――」の一部を紹介してみたい。この論文は、早稲田大学社会科学研究所プレ・ファシズム研究部会編『日本のファシズム―形成期の研究―』(早稲田大学出版部、一九七〇年一二月一〇日)に収録されている。当時の河原宏は「早稲田大学助教授」で、四一歳だった。
北一輝は、近代日本においてこのような思想的課題〔ナショナリズムをこえる道は可能か〕にもっとも厳しく――その成否ば別として――取り組んだ人物なのだ。彼の思想的意義もこの点にあろう。単にインターナショナリズムをナショナリズムに対するのではなく、また多くの人がやったように、伝統的ナショナリズムを革新しようとして、更に極端なナショナリズムにおちこんでゆくのでなく、ナシナリズムの宿命を見据えながら、その中からナショナリズムを乗りこえる道を模索した。しかしその際、彼が「超越」的形式をとらざるをえなかったことは、当面の対象である天皇制ナショナリズム、あるいは天皇制支配原理と深くかかわっている。
このかかわり合いは、ちようど座標軸のように縦横二本の軸をとらえて考えることができる。まずここではその縦軸とみなすべきものの意味からとりあげてみようか。ここで挙げるべき象徴的、典型的な人物は幸徳秋水、北一輝および尾崎秀実〈ホツミ〉の三人である。ここでは言葉の通俗的な意味での左翼、右翼の区別など問題にならない。これら三人の人物が象徴しているのは、天皇制国家がもたらす政治死との関連である。この点で彼らは極めて類以した運命を辿った。しかも彼らの死は、権力によるフレーム・アップの色彩が極めて濃いものである。高橋和巳は、あらゆる権力には「逆鱗」とでもいうべきものがある。天皇制国家における逆鱗とは支配天皇制支配そのものである。しかもそこに一つの思想が存立すべきだとすれば、否応なく天皇制支配の原理に触れざるをえない。北一輝についていえば、彼はこの点の明確な自覚からその思想的な歩みを踏みだしたといえる。その処女作「国体論及び純正社会主義」の第四編「所謂国体論の復古的革命主義」はつぎのような書き出しで始まっている。
「只、此の日本と名け〈ナヅケ〉られたる国土に於て社会主義が唱導せらるるに当りては特別に解釈せざるべからざる奇怪の或者が残る。即ち所謂『国体論』と称せらるる所のものにして――社会主義は国体に抵触するや否や――と云ふ恐るべき問題なり。是れ敢て社会主義のみに限らず、如何なる新思想の入り来る時にも必ず常に審問さるる所にして、此の『国体論』と云ふ羅馬法王の忌諱〈キキ〉に触るることは即ち其の思想が絞殺さるる宣告なり。」
この最初の認識はちょうど三〇年後、二・二六事件に連坐せしめられて刑死するまで、まっすぐに続いているといえる。したがってこの国体論の前に、即ち天皇制の支配原理の前に、敢えて一つの思想を立てようとする場合、それは常にあらかじめ予想せざるをえない運命である。しかもその権力はフレーム・アップを手段として用いるだけでなく、むしろそのような手段を是認し、聖化さえしている権力だといわなければならない。政治死とはこのような意味である。かくて、天皇制国家において思想をもつことは、同時に自己の生命を超越した立場に自己をおくべく備えておくことに他ならない。このことは、天皇制国家の権力が人間を単に外から拘束するだけでなく、心や精神の内側からも掌握しようとするトータルな支配をめざすことと対応している。日本の近代思想に「超越」的契機が滑りこむ、一つの理由はこの点にあるだろう。そこでは、思想が整然たる論理を展開し、その論理の優劣を競いあうというような悠然たる雰囲気におかれていたのではなく、もっと切迫した、切実な場におかれていたのである。北一輝が後半世、法華経に傾倒していった最大の理由もこの点にあったであろう。秋水や尾崎秀実が禅に傾倒するのも同様である。この三人の死を時代順に並べれば一九一一年(明治四四)、一九三七年(昭和一二)、一九四四年(昭和一九)となる。これはほとんど近代日本の後半部を覆う期間である。つまり思想の確立が同時に生死解脱〈ゲダツ〉の試みを要請するという事情こそ、思想史研究の近代主義者が愛用する歪みとか限界として捕えきれるものではなく、天皇制支配の基本的性格と、そこにおける人間の生き方にかかわる問題だったのである。
この論文を読んで、北一輝の問題意識というものが、ある程度、理解できた。その処女作『国体論及び純正社会主義』(自費出版、一九〇六)のタイトルが意味するところを、初めて知った。北一輝のこの本は、まだ読んだことはなかったが、今年は読んでみようか、という気になった。