礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

浅野総一郎と渋沢栄一、瓦斯局の払下げをめぐって激論

2019-04-24 05:31:46 | コラムと名言

◎浅野総一郎と渋沢栄一、瓦斯局の払下げをめぐって激論

 土屋喬雄著『渋沢栄一伝』(改造社、一九三一)から、別篇の二「日本資本主義の父渋沢栄一の政治経済思想」を紹介している。本日は、その七回目。「(四)公正」の全文を紹介する。今回の引用部分『 』に関しては、渋沢栄一以外の者による発言もあるが、それらも含め、おそらくすべて、渋沢栄一の文章から引いたものであろう。

    (四) 公   正
「自由平等」と共に「公正」は新興資本主義によつて高く掲げられた旗印であつた。フエア・プレイは――その裏面に何が隠されてゐるかは今問題でない――新興資本の精神であつたのである。被等は『虚偽に対しては立証を、偽善に対しては公正』を対抗せしめた。凡【あら】ゆる封建的な暗冥【あんめい】は、資本主義的「公明」にとつて代られねばならない。
 渋沢は常に昔の商業と今の商業とを比較し、昔の商人は偽【いつはり】も資本の一部分と言ひ伝へたが、今日にあつては最早かゝる考へは商人の社会的地位を卑下【ひげ】せしむるに過ぎないことを説いて、「言【げん】忠信に行【こう】篤敬」なる論語の一句を新しい商人道徳の基礎であるとした。
『商人は責任が重い為に尚更【なおさら】考へて行かなければならぬのが徳義でございます。誤つた言葉に商売人は嘘で固めると云ふことがあります。美は是は大なる間違【まちがひ】、情ない有様で涙が溢れる様に思はれます。然るに是は商人の当り前の言葉だといふ様に人にも言はれますし、商人自身も又さう思うてゐるは実に嘆息に堪へませぬ。元来嘘と掛引とはまるで違ひます』
 東京瓦斯局は明治四年〔一八七一〕東京府知事由利公正【ゆりこうせい】が新吉原に瓦斯灯【ガスとう】を建設せん為めに機械を英国に註文したのに濫觴【らんしやう】したが、十四年〔一八八一〕頃に至り府が瓦斯業の如き営利事業に従事するのを非とする声起り、越えて十六年〔一八八三〕浅野総一郎主となり、府知事松田道之【みちゆき】、府会議員藤田茂吉【しげきち】、沼間【ぬま】守一等【ら】と諮り瓦斯局払下げを企て、当時瓦斯局長に在職した渋沢に援助を求めた。渋沢その条件を問うたに対し、浅野曰く、
『総額十五万円、内五万円を即金納入し、残金十万円は五ケ年賦となす条件である。』
 渋沢はその余りに不当なるに怒り、声を励して言つた。
『足下は抑々【そもそも】瓦斯業の事業を以て府に不利益であるとするのであるか。然らば府は不利益なる事業を個人に転嫁する譏【そしり】を免【まぬか】れない。若し又有利有望であるとするならば既に巨額の投資をなしたこの事業を僅々【きんきん】十五万円に払下げるは府民の共有財産に多大の損害を与へることになる。余は何れにせよ、足下の提議に賛成することは出来ない。』
 そこで浅野は声を和【やはら】げて、
『足下の議論は一理あるが、此の事業の将来有望なのは日を見るよりも明らかである。今若し貴下が私のこの計画に賛意を表してくれるならその利益の一半を提供しよう』
 と。渋沢はますます怒りを加へて、
『こは怪【け】しからぬ事を聞く者かな。余は自己の利益を目ざして払下問題を阻止せんとするのではない。擁護するものは公共の利益た。何ぞ足下の甘言に欺かれんや』
 浅野も亦此処に至つて沸然【ふつぜん】として罵つた。
『貴下理に偏して処世の法を知らず、迂腐【うふ】寧ろ愚に類せり』
 声に応じて渋沢も答へた。
『余は狡猾【かうくわつ】盜賊に類するの所業をなさんよりは寧ろ愚人の称を甘受せんのみ』
 浅野との談判破裂となるや、彼は知事、府会議員を説いて浅野への払下を中止せしめ、越えて十八年〔一八八五〕自ら発起して即金二十四万円を以て瓦斯局を払下げて民業とした。これ現在の東京瓦斯会社の前身である。
 我々はこの例を新興資本主義の「公正」なる精神の一例としてこゝに掲げたのではない。その若き時代に於ても資本主義が何を為したかといふことは、幾多の例によつて人々は知つてゐる。だが我々はたゞ渋沢の古武士的風格の一面の現はれがこゝにあることを知ればよい。

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