◎昭和14年の山本五十六暗殺未遂事件
昨日の続きである。映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』(東映、二〇一一)では、始まってから一〇分ぐらい経ったところで、山本五十六海軍次官に対する暗殺未遂事件が発覚した場面となる。
一九三九年(昭和一四)に、山本五十六海軍次官に対する暗殺未遂事件が発覚したことは、間違いのない事実である。この事件について、大木毅氏の新刊『「太平洋の巨鷲」山本五十六』(角川新書、本年七月)は、次のように記している。
こうした陸軍をバックとする分子による圧力は、論難のみにとどまらなかった。一九三九年七月、隅田川の堤防を徘徊していた不審者が逮捕された。彼らは爆弾を携行していたばかりか、取り調べで「奸賊」山本海軍次官を含む要人たちを暗殺する計画だったと供述したのだ。
映画では、この暗殺未遂が発覚したという場面で、『東京日報』という新聞の一面が大写しになる。見出しは、「爆発物所持の沖仲士逮捕/要人暗殺計画/昨夜突如発覚す」、「標的名簿に海軍次官/山本五十六氏」など。この紙面が、実に「怪しげ」なのである。
第一に、この暗殺未遂事件が、当時、新聞等に報じられたのかどうか、疑問だということである。第二に、事件の首謀者が、「本間章一郎」ということになっている。第三に、ダイナマイトを所持していたのが、「沖仲士」ということになっている。
第四に、新聞の日付が昭和一四年八月一六日になっている。ダイナマイトを所持していた不審者が検挙されたのは「昨夜」とされている。一晩のうちに、暗殺計画の首謀者まで判明することはありえない。そもそも、なぜ、七月でなく八月なのか。
第五に、「要人暗殺計画」の対象は、記事によると、湯浅倉平内大臣、松平恒雄宮内大臣、前大蔵大臣池田成彬、山本五十六海軍次官ということになっている。新聞記事は、これら要人のうち、ひとり山本五十六に注目し、その顔写真まで載せているが、これは理解しがたいことである。
特に第五が重要であろう。すなわち、この架空の新聞紙面は、天皇側近の親英米派が暗殺の対象になったという事件の重大性をアイマイにしている。実は、大木毅氏の『「太平洋の巨鷲」山本五十六』についても、同じことが指摘できるのだが、今は、その点に立ち入らない。
なお、当ブログでは、この要人暗殺未遂事件について、調べられたことは、すべて報告してきた。検挙されたのは、清水清二(事件の首謀者)、中村敬一、渡邊勇司、野口藤七、杉森政之介ほか、計九名だったもようである。このうち、杉森政之介(文献によっては「杉森政之助」)は、東亜同志会(東京市浅草区浅草今戸町)の理事だったという。【この話、続く】