礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

七つの死体が火に包まれているのだ

2021-12-29 04:59:39 | コラムと名言

◎七つの死体が火に包まれているのだ

『特集文藝春秋 私はそこにいた』(一九五六年一二月)から、木谷忠の「七戦犯の骨を探して」という記事を紹介している。本日は、その四回目(最後)。

   灰は太平洋にまかれたか?
 ほかに仕様もないので私たちは火葬場を遠巻きにみていた。すると、前夜から場内の茶屋に潜んでいた第一班の連中がゾロゾロと追い立てられてくる。関係者以外だれにも見せないという厳格さだ。前夜は凍るような綺麗な星空だつたのに、今朝はいまにも降りそうな厚い灰色の空だ。一時間もしたろうか、火葬場の高いエントツからドス黒い煙りが上り始めたのに気がついた。七つの死体はいよいよ火に包まれているのだ。
 どんよりした空に昇りかねて、エントツの煙りは地に這う。イヤな、何ともいいようのない異臭が煙りとともに久保山一帯を覆う。東條ほか六人の臭いだ。
 一時間ほどでトラックとジープが走り出てきた。兵隊たちもサッとジープに飛び乗つて引揚げてしまう。私たちはわれ勝ちに火葬場の中に駈け込んだ。どうなつているのか出来るだけそのままの様子をみておきたい。
 五つ位並んだ大きいカマはまだ強い余熱を持つたまま大きく口を開いていた。カマの中はどれも綺麗なつていて、何も残つていない。二人のオンボウが何もなかつたような顔でしきりにタタキになつた床の上をホウキで掃いていた。灰と土の混り合つた一ト山ができ上る。何とはなしにぼんやりとその仕事をみていると、同僚の一人が「それは何ですか」と何かを感付いた真剣さで尋ねた。「残りの灰ですよ」とオンボウは答える。
 われわれは直ぐ火葬場の責任者にその残灰の処置をどうするのか、と聞いた。その答えはいつもと同じように、火葬場の片隅にある供養塔の下のツボに入れるのだという。ただのゴミと同じように、どこへでも捨てるというわけにはゆかない性質のものだから、だれの場合にもそうしているのだという。
 ここ数週間、われわれが師走の風にふるえ上りながら、連日連夜追いかけ、張り込みをやつてきた、いわば唯一の成果ともいうべきものがここにある、と私たちは思つた。たとえそれが土と混り合った残灰であろうとも、骨灰のほとんどすべてが米国の手でどこへ運ばれてしまつたのかわからないのであつてみれば、これがわずかに残された東條らの一部なのだ。そして、それが土ボコリと一緒にホウキで掃き集められているこの姿! 
 われわれはすぐこれを記事にして、東京本社に送つた。しかし翌日の紙面にはこの記事は見当らなかつた。翌々日も。東京本社はGHQをおもんぱかつて、この記事を抑えないわけにゆかなかつたのだ。
 GHQは、従つて第八司令部も、処刑された七戦犯の遺骨の処置については、実に気に病んだらしい。まだ昭和二十三年、米国は日本における軍国主義復活の不安を拭い去れないでいた。もし東條らの遺骨がどこにある、という事実がはつきりしてしまうと、いつかその地が、日本軍国主義の、あるいは民族主義の、聖地になることがあるかも知れないと恐れていた。これが、東條らの遺骨を米軍が集めて、日本人のだれも知らない、おそらくは遠い太平洋上に運んでバラ撒いたといわれる――そしてそれは事実でもあつたろうが――理由だつたし、久保山火葬場の供養塔に残灰があることを報道することもはばかられた理由でもあつた。
 その後すでに八年も経つうち、七戦犯の遺骨、残骨についていろいろなうわさと報道が行われている。長野県の某氏がこつそりと持つていると伝えられたかと思うと、直ぐそれが全くのニセ物だといわれたり、また熱海の松井石根(まつい・いわね)元大将未亡人の邸に久保山火葬場の供養塔下から持出した、例の残灰が保存されているとか。
 しかしただ一つ、当時米軍がああまで気に病んでいた日本国民の〝東條への郷愁〟は、幸にも心配されるほどのことはなかつたということだけははつきりしている。

 ここで木谷忠記者は、「骨灰のほとんどすべてが米国の手でどこへ運ばれてしまつたかわからない」と書いている。また、そのことを記事にして東京本社に送ったが、紙面には載らなかったとも書いている。これは、重要な証言である。
 すでに述べた通り、本年六月、A級戦犯七名の遺骨は飛行機によって太平洋にまかれたという事実が、新たに発見された米国公文書によって明らかになった。このことは、新聞等で、大きなニュースとして報じられた(東京新聞、2021・6・7)。しかし実は、戦犯の処刑がなされた当時においても、一部の日本人は(報道関係者含む)、「遺骨は飛行機によって太平洋にまかれた」ことを把握していたのではなかったか。

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