礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

弔問者十二名通ります!(小坂憲兵曹長)

2021-12-23 02:51:08 | コラムと名言

◎弔問者十二名通ります!(小坂憲兵曹長)

 小坂慶助『特高』(啓友社、一九五三)の「Ⅲ 二・二六事件秘史」から、「一一、救出決行」の章を紹介している。本日は、その四回目。

 十二畳の座敷には、屍歩哨が着剣の小銃を小脇に持って、青柳軍曹と話をしていた。歩哨の眼の前で押入から総理の洋服を出す訳にはいかない。青柳に歩哨の異動を眼で合図した。青柳は、それと察して盛んに歩哨を異動させようと、仂き〈ハタラキ〉掛けているが、歩哨は盤石〈バンジャク〉の如く動かうともしない。業を煮した私は
 「青柳! 間も無く弔門者が来るから、その準備をして置いて呉れ」
 と助け舟を出した。
 「さうですか! 最速〔ママ〕準備します」
 と、云うと歩哨に向い
 「其時歩哨の位置は、此辺にして呉れませんか?」
 と、歩哨を隣室に誘うた〈イザノウタ〉。歩哨は青柳の誘われる侭に隣室に異動した。絶好の機会、素早く押入を開けて、乱箱〈ランバコ〉の内にある洋服類全部を一抱えにして其侭廊下に飛び出した。女中部屋で、秋本さくさんに調べて貰うと、靴下、帽子ネクタイ、靴、眼鏡が不足しているとの事である。亦取って返し、歩哨の眼をかすめては目立たぬ様に一品宛つ〈ズツ〉、丁度親燕が巣に餌を運ぶように何回となく往復し、漸く其の目的を達する事が出来た。併し後で総理の話に依ると、靴は松尾〔伝蔵〕大佐のもので、大き過ぎて困ったと云う事であった。私の第一の任務は誰にも見咎められる事もなく完全に成功した。
 青柳〔利一〕軍曹と小倉〔倉一〕伍長の工作の進捗状態はと、玄関の広間迄来ると、叛乱軍の軍曹を長とする三名の巡察兵に亦出会った。次の巡察迄に一時間の余猶がある。この間隙を利用できると思った。玄関の廊下に青柳を呼び出し、総理の準備は既に終った旨を伝えた。
 玄関の表に出て見ると、小倉伍長が私の姿見て、走り寄って来た。
「巡察は今行ったばかりですから、一時間は大丈夫です。衛門の司令以下の懐柔工作は上乗〈ジョウジョウ〉です。何時でも差支ありません!」
 自信たっぷりと云う態度で報告した。今は只福田〔耕〕秘書官の誘導する弔門者を迎へるばかりである。正に時に迫った。私は何処が狂って、「九仭の功を一簣に欠く〈キュウジンノコウヲイッキニカク〉」この危険な計画の遂行に当って、もう一度手落ちがないかと心を落着けて反芻して見た。大丈夫だと確信しているものの、心の奥の不安は拭い払う事が出来なかった。
 福田秘書官の弔門者の手配はどうなっているか、官舎に行って連絡を取らなければならない。小倉伍長と一緒に衛兵の前に立った。
 「只今から総理の弔門者を官邸に入れますから承知して下さい。栗原〔安秀〕中尉殿の許可は受けてあります。私が迎えに行って来ます!」
 「承知しました!」
 「弔門者は、憲兵が案内します!」
 と、小倉が一本釘を刺した。裏門を出て見ると、秘書官々舎の前に、黒塗りの自動車が二台止っていた。「来ているな!」と、思った。
 官舎の玄関に立って、書生に来意を告げると、直ぐ福田秘書官が顔を出した。救出の準備完了は以心伝心と云うが、暗黙の裡〈ウチ〉に頷づき合っただけで通じた。
 「弔門者は十二名です。御用意が宜しければ直ぐに参ります!」
 「直ぐで結構です、私も御一緒に御案内致しませう!」
 と、一足先に玄関を出て表に待っていると、福田秘書官を先頭に十二名の弔門者が、ゾロゾロと玄関から出て来た、何れも六十才前後の老人ばかりである。良くこれ迄揃ったものだと感心した。背広、モーニング、和服と服装は様々であったが、流石は一国の総理の近親者だけあって、何れも人品骨柄〈ジンピンコツガラ〉共に賤しからぬ人達ばかりである。私の姿を眺め叛乱軍の一味と感違いでもしているのか、皆不安さうな表情で、中には激しい憎悪の満ちた眼で私を睨んでいるものもいた。黙々として福田秘書官に引率され、裏門の歩哨線迄来た。
 「弔門者十二名通ります!」
 と私が云った。厳重な警戒が一層緊迫の度を増したかのようである。歩哨の員数点検を受けた一行は、一団となって車寄せから、玄関に這入った。青柳軍曹が既に玄関広間に出て、福田秘書官より弔門者受継ぎ
 「弔門の方は、之から私の指示に従って行動して下さい!」
 と、小さいが力強い声で青柳が云った。瞬間私は身を翻して、女中部屋へ馳足で行った。息詰るような緊迫感が胸を締め付ける。【以下、次回】

*このブログの人気記事 2021・12・23(時節柄か1位にミソラ事件)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする