◎映画『二・二六事件 脱出』(1962)を観た
東映東京映画『二・二六事件 脱出』(一九六二年三月公開)を観た。ずっと観たいと思っていた映画だが、なかなか観る機会がなかった。先日、映像と音の友社を通して、東映ビデオ株式会社のDVDを入手したので、ようやく鑑賞することができた。
ヘッドマークは、△に東映の文字ではなく、△にニュー東映という文字であった。また、マークの背景は、海岸の岩に寄せる荒波ではなく、噴火中の火山の噴火口であった。初めて見るヘッドマークであり、背景であった。
監督は、小林恒夫、配役は、高倉健、三國連太郎、星美智子ほか。その時代の雰囲気をよく再現しており、迫力にも富んでいた。映画史上に残る名作だと思ったが、いくつか、史実あるいは原作と異なっている箇所があったのが、少し気になった。
史実あるいは原作と異なっている箇所を、七点ほど指摘しておきたい。ちなみに、この映画の原作は、クレジットでは、小坂慶助の『特高』(啓友社、一九五三)となっているが、同書のほか、岡田啓介述『岡田啓介回顧録』(毎日新聞社、一九五〇)も、参考にしているようだった。
1 映画では、麹町憲兵分隊に電話し、憲兵派遣を強く要請したのは迫水久常・内閣総理大臣秘書官ということになっているが、史実としては、憲兵派遣を要請したのは福田耕秘書官である。
2 映画では、迫水秘書官が、事件直前におこなわれた衆議院議員選挙に出馬し、当選したことになっているが、史実としては、衆議院議員選挙に当選したのは福田秘書官である。
3 映画では、小坂慶助憲兵曹長が訪ねたのは迫水秘書官の官舎であるが、史実としては、小坂曹長が訪ねたのは福田秘書官の官舎である。
4 映画では、岡田啓介首相を脱出させるにあたって、勅使差遣の関係で、タイムリミットが課せられたということになっていたが、『特高』には、それに相当するような記述はない。
5 映画では、岡田首相は、脱出の際、白いマスクを着用していたが、史実では、岡田首相が着用していたマスクは黒色であった。
6 映画では、ひつぎ搬出の際、遺骸は岡田首相のものでないと主張した衛兵がいたが、史実としては、その衛兵に該当するような軍人はいなかった。
7 映画では、岡田首相の生存が発表されたのは二月二七日ということになっていたが、史実としては、岡田首相の生存が発表されたのは二月二九日になってからであった。
なお、映画では、登場する関係者の人物は、すべて仮名になっている。仮名と実名とが、どう対応するかについては次回。