早いもので父が亡くなって13年です。
コロナの影響もあって簡素な法要にしました。
子や孫は呼ばず兄弟夫婦と母のみで、
自宅・墓地・寺と回って和尚にお経をあげてもらった。
会食も中止しました。
晩年は平穏な人生だったが思えば激動の時代を生きてきた父でした。
何といってもそれは若き日の戦争体験だと思う。
多くを語らなかったが中国本土へ派兵され中国人民との戦いは、
言葉に表せれないほどの体験だったのだろう。
唯一生きられた偶然を語っていたことがある。
軍曹に昇任したところで新兵の教育係となり部隊に同行しなかったが、
元の部隊は転戦した先で全滅したそうだ。
晩年ソファに寝そべりながら戦友たちとの写真を、
しきりに見つめていたのを今も覚えている。
今の感覚でいえばそもそも他国へ侵略して戦争すること自体ありえないことだが、
歴史を見れば時の権力者の理屈で戦争はどれだけでも起こせるってこと。
愚かな歴史に学んで今の平和があるってことを忘れてならない。
それが父の時代が私たちに遺したことでしょう。
さて私の時代は何を子や孫に遺せてやれるのだろうか。
< 読経聴き父の苦難あって平和あり >