ドーナツの本質は、中心の「無」。
しゃれた考えかただし、面白いとも思うけど、
本当にそう考える人っているんだろうか。
現実的な自分としてはしっくり来ない。
そういう考え方をする人にとっては、
中心の穴の大きさが全く同じであれば、実質の量は関係ないんだろうか。
そんな疑問を投げかけてみたら、彼らは何て答えるだろう。
中心の「無」と実質との比率が重要だと言うかもしれない。
あるいは、これはもっと形而上学的な問題なんだと言って怒るかもしれない。
もしドーナツの本質が無にあるなら、
僕の好きなあんドーナツは、永遠に穴あきドーナツに勝てない。
そもそも、彼らにしてみれば、穴も開いていないくせに
ドーナツと名乗るあんドーナツ一派は許せない存在なのかもしれない。
・・こんなとりとめの無いことを考えるのもちょっと楽しい。
しゃれた考えかただし、面白いとも思うけど、
本当にそう考える人っているんだろうか。
現実的な自分としてはしっくり来ない。
そういう考え方をする人にとっては、
中心の穴の大きさが全く同じであれば、実質の量は関係ないんだろうか。
そんな疑問を投げかけてみたら、彼らは何て答えるだろう。
中心の「無」と実質との比率が重要だと言うかもしれない。
あるいは、これはもっと形而上学的な問題なんだと言って怒るかもしれない。
もしドーナツの本質が無にあるなら、
僕の好きなあんドーナツは、永遠に穴あきドーナツに勝てない。
そもそも、彼らにしてみれば、穴も開いていないくせに
ドーナツと名乗るあんドーナツ一派は許せない存在なのかもしれない。
・・こんなとりとめの無いことを考えるのもちょっと楽しい。