アフガン・イラク・北朝鮮と日本

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熊野古道の写真集

2018年10月03日 07時59分16秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ

前回の記事は文章が主体の為、写真は一部しか掲載できませんでした。なので、こちらは写真を主体にして、出来るだけ載せるようにしました。

★生き帰りのバスの車内・車窓

    

左上から右下に向かって、バスの外観、各停留所までの所要時間、バス路線図、十津川温泉バスセンターのバス時刻表、バス道路(旧道)からみたバイパス(新道)。

 

★谷瀬の吊り橋(行き)

   

 

★十津川温泉

  

左上から右に向かって、バスセンター横の足湯、十津川村マスコットキャラクター「郷士くん」、共同浴場「庵の湯」と休業中の貼り紙。

 

★旅館と食事

     

左上から右下に向かって、私が泊まった部屋、夕食のお膳とデザート、旅館の露天風呂、朝食のお膳と付き出し。

 

★果無登山道

果無マップの登山経路図

       

左上から右下に向かって、最初の目印の赤い橋(柳本橋)、橋を渡った所にある林道への案内板標識、林道から登山道に入る入口の道標、登山道の道標、登山道の様子、登山道の道標、集落入口にある猪除けの扉、集落に入った所の石畳。

 

★果無集落

村の「天空の郷」観光ポスター

         

左上から右下に向かって、水飲み場、民家の軒先、世界遺産の石碑、村営バスの停留所標識、小辺路(熊野古道)標識、民家と山の眺望、林道わきのトイレ、林道から眺めた石碑と集落・山々の眺望、林道を渡って石碑とは反対側にある民家、集落内の石畳。

 

★めん滝と果無林道からの眺め

   

左から右に向かって、めん滝、林道から望む十津川と背後の山々の眺望、十津川にかかる吊り橋、最初に渡った赤い橋。台風の影響で川の水はまだ濁っている。

 

★野猿(人力ロープウェイ)

 

 

★谷瀬の吊り橋(帰り)

 

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最長路線バスで行く熊野古道の吊り橋と天空の郷

2018年10月03日 04時05分37秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ

数ヶ月前から私の勤務シフトが変わりました。今までの毎週日・水曜固定の公休シフトから、日・水・月・水曜日の公休を2週間単位で繰り返す形に変わりました。その為、今までは日・水と公休日がバラけていて、なかなか有休を取りずらかったのが、2週間ごとに月・水と休みの間隔が縮まったお陰で、間の火曜日に有休を入れて3連休とする事が可能になりました。しかし、いくら有休が取りやすくなっても、今の安月給のままでは旅行に行く気には到底なれません。ところが、今度の契約更改面談で時給が千円に上がったのに加え、競馬で久しぶりに的中もしたので、思い切って旅行に行く事にしました。

但し、旅行と言っても、たかが3連休です。旅費も競馬で儲けた1万8千円余りの範囲に抑えるつもりでしたので、旅行先は近場に限られます。近場でも、今まで行った事がなく、それなりに秘境気分が味わえる所という事で、一泊二日で奈良県の十津川温泉郷に行って来ました。奈良県の近鉄大阪線・大和八木駅と和歌山県のJR紀勢線・新宮駅を結び、紀伊山地の十津川峡谷を縫う日本最長の路線バスに乗って、谷瀬の吊り橋を堪能した後、十津川温泉に一泊。翌日に「天空の郷(さと)」として世界遺産に登録された果無(はてなし)集落をたずね、再び同じルートで帰阪する事にしました。今回のような場合は、十津川温泉郷から更に新宮まで出て、JR紀勢線で帰阪するのが一般的ですが、新宮や熊野大社は今までも行った事があるし、たった一泊二日でそこまで回るとなると強行軍になりかねないので、今回は十津川温泉郷だけに目的地を絞る事にしました。

 

大和八木からの奈良交通のバスは、9:15、11:45、13:15の1日3本しか便がありません。私は11:45発の便に乗りましたが、それでも十津川温泉に着いたら16:14になっていました。奈良の近鉄大和八木から和歌山のJR新宮まで、国道168号線の全長167キロもの山間部の道のりを、167もの停留所に止まりながら行くのですから、4時間半かかっても仕方ないとは言えるでしょう。しかし、移動に長時間かかるのは、それ以外にも理由があります。実は、この国道はトンネルをぶち抜いたバイパス工事が進んでいる事もあり、出発地から最終地までの距離は年々縮小しているのです。でも、バスは旧道沿いの集落をたどらなければならず、バイパスを通る事が出来ません。だから、必要以上に移動に時間がかかってしまうのです。

しかも、バスの本数も1日たった3本だけです。特に旅行初日の10月1日(月)は、台風一過の平日だった事もあり、乗客は私含めて数人しかいませんでした。それでもバスの運転手が、反対車線の倒れたバス停標識を見つけて即座に直したり、途中から乗って来た高校生の健康を気遣ったりしているのを見ると、たとえ乗客は少なくても、地域住民にとっては欠けがいのない生活の足である事が分かりました。今や貴重な存在となった、この日本最長の一般バス路線「八木・新宮線」を是非残してほしいと思います。

このバスは、大和八木から五條までは、大阪近郊ともそんなに変わらない風景が続きますが、五條を過ぎた途端に深い山や谷に風景が一変します。直角に近い急カーブにつづら折れ、しかも一車線しかなく、すれ違いも出来ない区間が連続。最初の天辻峠を越えるともう、紀ノ川水系から十津川(熊野川)水系に変わり、川の流れは西から南へ、道も上り坂から下り坂に変わります。

その五條と十津川温泉のちょうど中間ぐらいの所に「谷瀬の吊り橋」があります。最寄りのバス停の名前が上野地(うえのじ)なのに、何故吊り橋の名前が「谷瀬の吊り橋」なのかというと、上野地集落の対岸にある谷瀬集落の住民自身の手で作られた橋だからです。今は頑丈な鉄線の吊り橋に補強されましたが、それでも一度に20人までしか渡れません。いざ渡り始めると揺れは想像以上でした。

上野地停留所の停車時間が20分しかないので、私は最初、今乗って来たバスには乗らず、橋を全部渡り切ってから、次の最終便のバスで十津川温泉に向かうつもりでいました。しかし、橋のたもとの休憩所兼売店が台風の影響で営業休止しているのを見て、こんな所で2時間も待たされては叶わないと、もう吊り橋踏破は諦めざるを得ませんでした。

私がこの時に購入したバスハイク乗車券は2日間有効で、途中下車も出来ます。しかし、一般的な周遊券とは違い、逆方向には引き返せません。十津川温泉で降りても、その先の新宮方面には行けますが、逆方向の湯泉地(とうせんじ)温泉や上野地には戻れません。私は十津川温泉より向こうには行くつもりが無かったので、乗車券も十津川温泉までの分しか買っておらず、降りる際には運転手に渡さなければなりませんでした。幾ら有効期間が2日間あっても、これでは余り意味がありません。一般の周遊券のように、周遊エリア内は自由に行き来できるようにしてもらいたいです。

しかも、十津川温泉バスセンターの時刻表を見ると、大和八木行きの上りは12:14発で終わりです。五條行きを含めても15:40発で終了です。それ以外は新宮行きの下りしかありません。折角、明日は「天空の郷」の果無(はてなし)集落まで登り、帰りに人力ロープウェイの野猿(やえん)も楽しもうと思っていたのに、これでは帰るに帰れなくなります。五條まで出れば、王寺または橋本経由で大阪に帰る事が出来ますから、翌日はこの15:40発五條行きで大阪に帰る事にしました。

 

行き違いは宿の予約でも起こりました。私は、当初は一泊7千円ぐらいの十津川温泉の民宿に泊まるつもりでした。その民宿に朝早くに電話した時はまだ「部屋には余裕がある」という返事だったので、大和八木に着いてから改めて民宿に予約の電話を入れると、もう「景色の良い部屋は全部埋まり、眺望ゼロの部屋が1室残るのみ」という返事に変わっていました。それで民宿は諦め、一泊1万円余の旅館に泊まる事に変更しました。悪い事は重なるもので、バスセンターの目の前にある公衆浴場の露天風呂「庵(いおり)の湯」も台風の影響で営業を休止しています。もう諦めてバスセンターに併設されていた足湯で我慢する事にしました。

 

でも、何が幸いするか分かりません。一泊1万円の旅館の地味な玄関を観て、なおさら損した気分になった私でしたが、夕食に出されたイケメンの若旦那が振る舞う鶏の水炊き鍋の美味しかった事!最初に鍋野菜と刺身こんにゃく等の小鉢が出てきた後、鶏肉やグラタン等の突き出しが数皿出て来ました。水炊きの鍋にはミネラルたっぷりの温泉の湯も継ぎ足されているとの事でした。翌朝の朝食(上の写真)も、焼アマゴに温泉卵、ゴーヤやピーマンの煮付け、玄米ご飯のメニューに加え、茶粥となめ茸入りみそ汁、豆乳ヨーグルトのデザートが出てきました。普段食べている「あいりん地区」の300円弁当や500円定食とは大違いです。

旅館の露天風呂も、入墨の入った宿泊者に気を使いながら入る西成のホテル共同浴場とは大違い。旅館の布団も、ホテルのマットレスとは全然違い、ぐっすり眠れました。但し、旅館の露天風呂は風情があったものの、加熱も加水もしない源泉掛け流しの湯なので、温泉にしてはお湯の温度は低めでした。ぬる目の湯が好きな人にとってはちょうど良かったでしょうが、熱めの湯が好きな人にとっては少し物足りないかも知れません。

 

翌日はいよいよ「天空の郷」の果無集落を目指します。この集落は、わずか数軒しかない小さな村ですが、世界遺産の他に「にほんの里100選」にも選ばれました。十津川温泉から少し上って赤い橋を渡り、林道を集落目指して進むと、近道となる登山道の入口に出ます。林道をそのまま進んでも集落に行けますが、距離を短縮する為に登山道が設けられました。その登山道ですが、観光パンフレットには石畳の道とありましたが、実際は岩だらけの木の根道です。途中からようやく石畳の道となり、思ったよりも早く、宿を出て1時間半ぐらいで集落に着きました。

ところで、果無(はてなし)とはまた仰々しい名前です。この名前の由来も諸説あり、山々が果てし無く続くので「果無」となった以外に、もっとおどろおどろしい伝説があります。この十津川村や大台ケ原周辺には、「一本だたら」という妖怪が棲んでいて、年の瀬(ハテ)になると出没し人を食うので、人通りが無くなる(ナシ)というのです。しかし、実際の果無集落は、山頂が台地状になっているので住みやすく、昔は小辺路(こへち:熊野古道)の参詣路として賑わったそうです。今も山頂付近の台地に、美しい棚田や畑が広がっています。

 

この手の集落には限界集落から廃村になったものも少なくないので、私は集落の存続を危惧していました。しかし、実際には畑仕事する人がいて、庭には洗濯物が干され、車も止まっていました。毎週月曜日には麓から村営バスも運行されています。きれいな公衆トイレも整備されていました。でも、まだ疑念は残ります。それは、小さな村の割には、余りにも「見てくれ」が良すぎるからです。何の変哲もない民家の軒先なのに、お遍路さんがかぶるような編み笠や鎌が、まるで博物館の展示みたいにきれいに吊るされているのをみて、逆に映画のセットを観るような不自然な感じがしました。観光ポスターに出てくる村のおばあちゃんも、何か「ヤラセ」みたいな感じで。そう感じるのは、私がひねくれているからでしょうか?そうであれば、行政の保護があるうちは安心なのでまだ良いのですが…。

 

帰りは「めん滝」でマイナスイオンをたっぷり浴び、十津川温泉まで戻って来ました。お目当てにしていた人力ロープウェイの野猿(やえん)は、「台風の影響で建屋崩壊の恐れあり」との事で使用中止になっていました。それに、実際には村人の交通・生活手段というよりも、すぐ横の高級リゾートホテル「昴(すばる)」の見世物みたいな感じで、一気に興ざめしてしまいました。

思ったよりも早く、十津川温泉のバスセンターに戻ってくる事が出来たので、15:40発五條行き最終バスではなく、その前の12:14発大和八木行きのバスに乗って、大阪に戻る事にしました。そして、帰りに「谷瀬の吊り橋」踏破に再び挑戦してみました。しかし、最初よりも大分前まで行く事が出来ましたが、やはり橋の踏破は諦めざるを得ませんでした…。

 

帰りの切符は途中下車無効の普通の乗車券だったので、乗り過ごしたら再び切符を購入しなければなりません。しかも、今まだ13時半過ぎなのに、次のバス(先述の15:40発五條行き最終便)は17時までありません。当日は橋のたもとの喫茶店も営業していましたが、それでも店内に4時間近くも何もせず過ごす事なぞ出来ません。バスの停車時間は20分ありますが、バス停から吊り橋まで100メートルは離れています。トイレで用足ししていたら踏破なぞ無理です。バスの運転手いわく、「橋の対岸にもトイレがあり、渡り切るまでの時間が約8分なので、急いで渡って用を済ませば計算上はギリギリ間に合うが、トイレが混み合っていたりしたらもう無理」との事でした。

十津川村は日本一広い村です。東京23区よりも広い面積(672.38平方キロ)の中に、わずか3200余りの村人が住んでいます。村を縦断するバス路線が全国最長であるのも、ひとえにこの村の広さゆえです。先述の天辻峠以外にも、紀伊山地の多くの峠で周囲と隔絶され、独自の歴史を歩んできました。朝廷や幕府からも税金を免除され、郷士(ごうし)と呼ばれる土地の侍たちによる自治が行われて来ました。幕末にはこの郷士によって、尊王攘夷(そんのうじょうい:天皇を敬い外国人を追放しよう)を掲げた天誅組の乱も起きています。

そういう場所なので、一泊二日ぐらいではとても全部を回る事が出来ません。かと言って、村内を走るバスも1日数便しかないので、旅程を伸ばしても回れる所は限られています。しかし、大阪のすぐ近くにある秘境なので、その気になれば何度でも訪れる事が出来ます。次こそ必ず、「谷瀬の吊り橋」踏破を成し遂げてみようと思いました。※この記事以外の写真も全て次の記事に載せています。

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