脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

「心配させる」ことは認知症予防になる?

2021年12月18日 | 認知症からの回復
友人からメールがきました。
90歳を超えたお母さんと弟さんが二人暮らしをしている実家のお話。弟さんは特別な技能があるらしく、コロナ禍以前から在宅勤務をしていると聞きました。とはいえ親と同居の息子の例にもれず、食事は一緒でしょうが基本は自室でお仕事。そんなにおしゃべりなタイプでもなく、よく言えば、独立した関係。言い方を変えれば触れ合いは最低限でしかないでしょう。一人だけの娘である友人は、月に二度は車で数時間かかる距離にも関わらず、顔を出して何くれとなくお世話をしているのです。
(写真は12/17散歩中に伊豆高原の青空を探しました)

病院や買い物に連れていったり、庭仕事、細かい掃除、かたづけ等々。娘だからこそできるお世話の話をよくしてくれました。
さて、メールの内容です。
「弟が、持病の糖尿病が悪化して、入院しなくてはいけなくなりました。検査をして、その後教育も受けるようですから1週間程度だと思います」
続いて「これで母も、気を引き締めないといけない。気を配らないといけない。とにかくこうして心配せざるを得ない状況になることで、淡々とした日常に刺激が増えますよね。認知症予防になるかと思ってます」
「心配といっても、弟の病気は糖尿病ですから、大したことはないし…」という気持ちが言外から伝わってきました。

「一概には言えません」と慌てて返信しました。
世の中の人たちが体験的に獲得した常識は、よくことの機微を穿っていることが多いことは認めます。でも、間違った常識が広まっている場合もあるのです。

「ボケさせたくないから、少しは心配させないと」と笑いながら、深夜の帰宅や多量の飲酒を正当化する、中年になった息子たちのなんと多いことか。
多分、そういっているときには、常識に沿ってる考えだと確信してるようなのです。
もうひとつ。「指を使うと脳にいいんですよね?だから雑巾を縫うように言ってます」この常識。
更に「ボケさせたくないので、ドリルを毎日するように言い聞かせてます。言い聞かせないとなかなかやらないので、どうしてもちょっと厳しく言うのですが、ピリッとして脳には効果的かと思っています」この通説。
全部間違ってます!

脳は、楽しくイキイキと過ごすとき活性化されるものです。同じ長さの時間を過ごしたとき、「あっという間に時がたってしまった」と思う時がありますね。それはどんな時でしょうか?
講演の時に皆さんに質問すると「そりゃあ楽しい時に決まってる」という返事が返ってきます。これは常識に縛られていることではなく実感ですよね。
その通り。

人によって「楽しさ」はいろいろあると思いますが、悩みや苦労に打ちひしがれている時ではないことは当然です。
今お話ししてるのは高齢者に対する考え方ですよ。子どもや若い世代は苦労を乗り越えざるを得ないときも、歯を食いしばるような努力を求められることもあるに違いありません。
いっぽう、第二の人生に入った高齢者は、脳を元気に持たせることは本人のため、家族のためそして国家のためでもあります。
私たちにできるその近道は、高齢者が楽しく感じる時間をできるだけ持てるように配慮する。生きがいを感じる手助けをする。というようなことになります。
先の「手を使うとボケ防止になるから、雑巾を縫わせる」ということで考えてみましょうか。
雑巾を縫うことが楽しみになるような工夫が必要ということです。
例えば、こぎん刺しのように縫い目を変えてみることを勧める。最初はモデルを見せてあげる必要があるかもしれません。そのうち縫いたい模様が思いつけば大成功。(時間がすぐにたってしまうでしょう?)
生地を白地にして色糸で縫うというもあるでしょう。
一枚を縫い上げるとお金を支払うことだって効果的なこともあります。
「手縫いの雑巾を待ってる施設があるから、縫ってあげて」このような働きかけは一番効果的かもわかりません。

心配をさせたり、苦労を掛ける状況に置くのではなく、できるだけ楽しく生きがいを感じられるようにサポートしなくてはいけません。
絵に描いた餅と言わないでください。工夫するのはこちらの前頭葉訓練でもありますから。
このケースの場合でも、心配になる状況を支える姿勢があるのとないのとでは、全く違います。
「気がかりかもしれないけど、これから先の方針を決める為の精密検査でしょ。先生から説明してもらう方が本人も理解しやすいし、ここで方針が決まることは大切なことよね。私たちも勉強して支えてあげることもできるでしょう?心配するより新しい情報を待ちましょう」
もっと状況がシビアな場合でも、基本の考え方は同じです。
心配をさせる方向に向かうのは、絶対に避けるべきです。

一つのエピソードをお話します。
講演の後、60歳くらいの男性が近づいてきました。
「ボクは大きな誤解をしていたようです。会社を経営しているとどうしても帰宅が遅くなってしまうんです。そうすると母がすごく心配するので、心配させることも一種のボケ予防だと思ってましたが、間違いだったのですね。それに母は小ボケらしいです。だから何か刺激と思っていたのですけど、わかりました。ちょっと考えてみます」
経過の報告がありました。
「夜早く帰るのは無理だから、帰ってから母と二人でゲームしたんです。おセロや花札。はさみ将棋もしました。そうすると夜が遅くなってもボクの帰宅を心待ちにしてくれて、信じられないくらい嬉々としてゲームを楽しむんです。そのうちに何だか気がかりだった小ボケの症状も改善してきたんです」

ついでにどういうことが気がかりだったか尋ねてみました。
「表情がなく、話し方にも力がない。そして、こちらの言うことを聞いてないように同じことを言う。自分から何かを積極的にやることがない。あの明るく溌剌としていた母とは別人のようだったんです。おしゃれもしなくなっていたし」
ちなみに、これはみんな前頭葉機能が低下したときに起きる症状です。つまりたしかに小ボケだったのですね。
追加の質問をぶつけてみました、
「何がきっかけでこういうふうになったのですか?」興味深いことにこういう問いかけで、家族は脳の正常老化にかぶさって、老化のスピードを速めることになった「きっかけ」を教えてくれるものです。
「そろそろ2年になるのですが、父が亡くなったことだと思います。息子から言うのもなんですが、仲のいい夫婦だったんです。一人になって本当に寂しかったんですね…それなのにきつく言う方がピリッとしていいと思っていたなんて。早く手を打ててよかったです」


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