響灘緑地にはカンガルー園がありました。現在飼育中のカンガルー110頭はすべて触ることができるのです。
「あれ?どこか違う…」カンガルーのイメージは後ろ足で立っている…はず。
若く溌溂とした佐藤さんが、入口の戸を開けるところから、最後のお礼を言うところまで、掃除の手を止めて細かく説明してくれました。飼育員をされていることが納得できるやさしさや誠実さがにじみ出ていました。ありがとうございました。
さてカンガルーは臆病な動物ですって。だからいつでも走り出せるように後足で立っているのです。安心な状況だから四つ足で立っている・・・納得。
「カンガルーの赤ちゃんは10か月で毛が生えて、そうしたら袋から外に出て離乳です。外に出たら自分で食べないといけませんから、大きくなるとこうして袋の中から顔を出して草をちょっとだけ食べ始めます」この親子は正真正銘の親子。ところが、こちらは事情ありだとか。
「うちのお母さんカンガルーは、やさしいんです。よほど何かない限りは自分の子でなくてもお乳をあげます。袋から出た後でも時々はお乳が飲みたくなるらしく、そうしたらその辺のお母さんカンガルーのところに行って飲むんですよ」
なんとまあ!
「ここには110頭いますが、全部触れます!世界でここだけです」と佐藤さんはちょっとうれしそうに言いましたが、「そのためには信頼関係が大切で、大人のカンガルーと人間が仲良くしているのを袋の中にいるときから、見て、感じてるから人間は仲間って思えるのでしょうね」と説明が続きました。これも多いに納得。
「飼育員になって最初にやることは、カンガルー全部の名前を覚えることなんですよ。顔見たらわかります」って簡単に言いますが、人の顔でも110人になるとねえ。
ここのボス。ナルト。最近ボスになったのだそうです。お母さんはアルト。兄がソルト。
今気づきましたが、私は後足で立っていますが、ナルトは寛いでいる様子です。
先代のボス、香月はもっと寛いでお昼寝中。カンガルーは夜行性だから、昼前の今は寝るのは普通ですけど、「引退してナイナイ尽くしの生活になって居眠りが目立つようになると、小ボケの兆候」となんだかヒトの認知症と重ねてみてしまいました。
響灘緑地には熱帯生態園もありました。
首長亀。ながっ!
小倉城でも遊びました。
築城は細川忠興ですが、熊本転封後に譜代大名の小笠原家が入城。全国小笠原一族の総領家で、小笠原流礼法宗家の旗本小笠原家もその一族です。江戸時代は九州諸大名監視という重要な役目を負い、また諸街道の起点としても城下町が繁栄しました。幕末の長州征伐、明治になっての西南戦争で乃木将軍は小倉城から出陣等の歴史を誇ります。
ところで私、このクマさんのスタンプをラインで使ってます。
天守閣からの景色
お堀に沿ってリバーウオークという複合商業施設がありました。「ウーン」と思いましたが、このミスマッチは北九州らしい躍動感ともいえるでしょうね。90度回って、この方向からは小倉城公園を見下ろすことになります。
小倉城庭園は、小笠原家の別邸跡を復元した大名庭園に、典型的な武家の書院を再現した体験型の文化施設です。
天守閣から降りて小倉城公園の入り口に着くと、紅葉が時の彩りを見せてくれていました。
お茶室でお抹茶をいただきました。大服にとてもおいしく点ててありました。ごちそうさまでした。
書院から、池越しに見た小倉城。
丁度北九州市立美術館がリニューアルオープン。私は何年ぶりに行ったでしょうか!
小高い丘の上にあってロケーションがすばらしい。建物もおしゃれです。
最近は東博でも国立新美術館でも、写真OK。SNSで発信してもらって宣伝するという方向ですが、ここは厳しい制約が。上の写真も作品が写っているから、ほんとはだめらしいです。そのことを知る前に写していましたので、ご容赦を。
戸畑高校後輩の葉月けめこさんが脚本を書いた「戸畑祇園ヨイトサ」の観劇もスケジュールに入っていました。懐かしい戸畑弁が飛び交い、私の知らなかった戸畑祇園の歴史を知りました。ちょっと涙が出ました。
葉月さんが北九州市文化大使に任命されたので、そのお祝いもフィナーレの後拝見しました。
葉月さん、おめでとうございます。その後のご活躍うれしく拝見してますよ。