今日は私の年上の友人(72歳)の話です。
そしてお花は、今月初め私の誕生日にいただいたバラの花たち どうしても表せませんが素晴らしい香りでした!
その友人は中学校の英語の先生でした。校長先生をなさった後に退職。
退職後は、請われて私立高校で3年くらいお勤めになられた後は、悠々自適の生活にはいられました。
と、ここまで読み進めた方は
「そろそろボケ始めた?」と思ったかもしれません。
残念でした!確かに
「公務員や学校の先生は退職後3年で、ボケる」とよく巷では言いますが、そのためには欠かせない大事な条件が必要です。
「仕事一筋の生活で、仕事を辞めたら何もすることが無くなった」という条件です。
趣味なく、生きがいなく、運動もしないという「ナイナイ尽くしの生活」があれば、完壁。別に公務員や学校の先生でなくても速やかにボケに移行していきます。
私の友人ですから、そんナイナイ尽くしの生活をするわけはないと思いませんか?その通り。
退職後は地区の民生委員をしました(現在も継続中)
それも、奥さまが感心するほど丁寧で気配りのいきとどいた仕事ぶりでした。とくに高齢者に対しては家庭訪問を欠かさずに行っていたということで、住民の方からの信頼も厚かったようです。
ところが、ここ数年、次々と病気がでてきてしまいました。
心臓から始まった病気でしたがドクターにも恵まれ、手術は大成功でした。
手術は成功しても当の本人には一抹の不安が残るということは、脳外科でもよく耳にしますが、こればかりはなってみないとどう感じるかはわからない・・・
友人の本心は、さあ、どうだったのでしょうか?
ところが、続いて未破裂腹部動脈瘤が発見され、これは手術ではなく経過観察という、日常生活上でも怖く感じるのも当然という状態に陥ってしまいました。
それらの病気と関係があるのかないのか、次は足の痛みが出現。
だんだん強くなって、歩行にも障害が出るほど。
そうすると生きがいだった民生委員の仕事ができなくなってしまう事態にまでつながってしまいました。
「来年春で、民生委員も辞めなくちゃあ…」とさびしそうに言われるのを聞きながら、私の頭はフル回転。
「民生委員の代わりの生きがいがいる!」
身体の動きを伴うものは無理ですから、一応ありきたりの「碁・将棋などのゲーム。歌や絵 …」といっても首は横に振られるばかり。
そこに隣家に住む少年が駆け込んできました。今年一年生のS太クン。友人のお孫さんです。
ひらめきました!
このかわいいお孫さんに協力してもらうのが一番。
「S太クンと、そのお友達に勉強を教えてあげてください。一週間に一日でも日を決めて、学校帰りに私塾を開くのです」
すると、英語の先生でしたから
「英語でも教育課程に入ったら・・・」
「実はひとつだけ条件があります。より難しい勉強や進んだ勉強を教えるのではなく、躓きそうな子を助けてあげる、そんな塾。できる子にもっと勉強を教える塾はたくさんあるけど、それは世間に任せておけばいいでしょ?だから英語じゃなく、足し算の繰上りとか」
そこで、横から奥様が
「国語の読みとか漢字でもつまずく子はつまずくし」
なんと友人はそろばんも書道も教えられるというではありませんか!
「このテーブルなら最大限6人。一年生なら30分かな。その後ちょっとおやつでも出してやって。月に一度は図画もいいかも(奥様は元美術の先生)。挨拶や礼儀も教えてやろう」
突然話が盛り上がってきました。
生きがいは、その人が生きがいと感じられるものでないと意味がありません。
先生方で、退職後もし楽しめるものが見つからない方たちに提言。
ぜひとも寺子屋を。
勉強に置いていかれそうな子供たちを少人数で丁寧に指導してあげて下さいませんか?