脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

4月の右脳訓練―東京で

2018年04月30日 | 私の右脳ライフ

「ここに幸あり」という歌を知っていますか?
知らない人がいて、私なんかはそのことに驚くほど、大ヒットした歌です。(調べてみたら1956年でした。62年前!)歌った大津美子さんとの付き合いは45年になるでしょうか。東京に住んでいた時に家が近所で、子供の幼稚園が同じいわゆるママ友。以来深いお付き合いが続いています。
(このブログを読んでください。「ここに幸あり」花壇―奥州市「としとらんと会」の活動
先日「共栄建材という会社が、今度ニューオータニで傘寿のお祝いをしてくださるの。絶対来てね。忠男さんも来てくださるかしら?」と電話がありました。もちろん、行きますとも!

80歳とは思えない美しさ。魅力的な声。若々しいのです。
後から電話で、そう伝えたら「まあ!そう言ってくださってうれしいわ。普通にしてるだけですけどね」80歳で新曲まで出す現職歌手というのは「普通にやってる」訳ではありませんけどね。脳をとてもよく使ってるということですよ。
演歌歌手の方たちの歌やら、深川芸者さんたちの踊りやら。楽しい会でした。

この会に出席するだけでも十分な右脳刺激ではありますが、ついでに探検。
ニューオータニの探検は去年の12月に、12月の右脳訓練ーホテルニューオータニでデートとして報告していますが、今回は方向を変えて少し歩いてみました。この顔が正面でしょうね。

旗がたっている入口にある盆栽。和風テイストでおもてなしするという意味でしょう。

一分くらい歩いたところに発見。江戸が生きています。

少し足を延ばしたところにあるのは、プリンスホテルの旧館だった旧李王家東京邸。もともとは明治17年に北白川宮邸としてジョサイアコンドルによって設計され、地震被害などもあり縮小されていたものを基にして、昭和5年に李王家東京邸が建設されたそうです。建物ひとつでも、そしてたかだか明治以降でも歴史の変遷は波乱万丈だと感じいりました。端正な建物でした。


東京に一泊して、そのまま帰るのもということで映画を見ることにしました。
「レディ・プレイヤー1」。スピルバーグ監督も来日してましたから、力を入れているのでしょう。
映画評がとてもよかったので食指が動いたのですが、人々が現実逃避をしてゲームの世界にのめり込んでいる近未来という設定ですから、ゲームをしない私たち二人、理解できるかちょっと心配でした。
どうせだったら3Dで見ようと劇場を探したら、「東京ミッドタウン日比谷」にありました。三井銀行本店を日比谷地区の文化の発信地として再開発、3/29オープンしたばかりです。さっと見ただけでもそのコンセプトを感じることができましたし、さすが三井銀行本店跡ですね、起業支援の発想もありました。

シネマコンプレックスロビーにゴジラが。

地上35階建。映画館は4階と5階ですが、ロビーからの景色がすてき。

ビルの入り口には、巨大な人形も。

映画は、最初はゲームの世界に入っているような感覚でびっくりでしたが、次第にスピルバーグ監督らしいメッセージが伝わってきて私は満足しました。
「私は」と書いたのは、私の夫は途中、と言ってもまだ1/3くらいの所で「気持ち悪い。酔ったみたい・・・オレは帰るから最後まで見てきていいよ」と途中退席したんです。お気の毒でした。
悪いのはこれ↓プラス1000円だったんですけども(笑)


老後の時間

2018年04月27日 | 二段階方式って?

小・中・高校と同窓だった美代子さんが誘ってくれたので、茨城県の彼女の家まで飛んで行きました。
あれこれと思い出話に花が咲き、古いアルバムを持ち出してくれて二人で記憶を補い合って、本当にかけがえのない豊かな時を過ごしました。
「あの時代に、お誕生会をしてたのよ。あなたのうち」
「そうそう、父が写真が趣味だったから、毎回写真撮ってくれたけど、結構みんな緊張してねえ。ピースなんかしなかったよね」
「あの、ボッと焚くのなんて言ったっけ?ストロボ?それからフラッシュになったのよね」
前列左端が美代子さん。後列左から2人目が私。

考えてみれば、父は趣味の写真にはけっこう没頭していたように思います。小さな現像室もあったし、写真を乾かすのを手伝っていた記憶もあります。何よりカラー写真がまだ出回ってない頃に、マゼンタとかシアンとか言いながら上皿天秤を使ってmg単位で薬を量っていましたから。60年以上も前の話です!

1時間半もかけて念願だったひたち海浜公園へ連れて行ってくれました(4/19)
Mr.Y原 ほんとうにありがとうございました。
ラッキーなことに晴天に恵まれ、さらに当日のネモフィラは今年のベストタイミングだったようです。話は変わります。

またまた昔話。今度は30年くらい前になります。脳外科による「脳精密検査外来」と名付けられた、ボケ外来(当時は「ボケ」でした)で、患者さんの脳機能を測定し、生活歴をきいたり、生活改善指導をすることが私の仕事でした。
担当医が精神科医でないということと、脳外科医がボケを診ることそのものが全国的に皆無だったことで、患者さんは全国各地から来院されました。年間2000人以上という大繁盛の外来でした。
もう一つ特徴的だったことは、いわゆる徘徊、不潔行為、暴言・暴力等がなく、生活面でも全面介助は必要がないレベルの方たちが多く来院されたことでしょう。

当時「ボケは治らない」と言われていました。だから介護保険へという流れが生まれたのですけれども。
ボケの専門医と言われた方々は、皆さん精神科。当時は精神科に受診することそのものに大きな決断が必要で、結果的には重症化してしまって初めて受診する→専門医は重症のボケしか出会えない→(重症化してしまった)ボケは治らない。OMG!(Oh My Got=なんということ)

ボケのごく軽い症状を訴えてくる人たちを、脳外科ならお手のものの様々な器質検査を駆使して調べます。CT やMRI、少し遅れましたがPETまで使ったのです。
そして結論。
「ボケは、脳の器質的な変化が原因ではない」
全国各地から、重症化する前の軽いボケの人たちがたくさん受診されました。その外来の仕事をしているうちに「仕事一筋。趣味・遊びを楽しまない、というよりも意味を認めずむしろバカにしている」タイプの生き方をしている人たちが、仕事を辞めてからボケていく・・・と気づいたのです。
とにかく「趣味なく、生きがいなく、交遊もなく、運動もしない」ナイナイ尽くしの人たちばかりがボケていっている圧倒的な事実!
(この考え方は原則的には正しいのですが、理解が表層的だったということが今なら言えます。一番大切な前頭葉機能の理解が足りませんでした)

そこで、講演の時に強調しました。
「左脳重視の社会を見直しませんか?左脳の能力はデジタルだから測りやすい。主要5科目と言われる教科は点数がすぐ出ます。確かに進学や就職などに有利だということは言えるかもしれません。
でも、ボケ外来で働いてみて、仕事一筋で頑張ってきた人たちの定年後の寂しさや悲しさ・・・仕事がなくなったら、いくら強がって何と言い訳しても、することがないのです。左脳中心で生きてそれが持つのは定年まで。20歳で社会に出て60歳で定年として40年。そこから20年以上の時間があります。(今なら、65歳まで現役。そしてそれから25年でしょう。このあたりにも年月を感じますね)
どんな仕事人間、会社人間と言われる人でも、一日24時間すべてを会社のために使いはしません。でも退職後は24時間すべてを自分で裁量して使って生きていくのです。その時右脳を使うことを知らなかったら、趣味も遊びも交遊も楽しむことができない。そしてボケて行ってしまう。
万一「退職したら遊ぶ」と決めていても、それまでに楽しさを体験しておかなくては踏み込んでいくことなんかできません。右脳を豊かにするには、体験するタイミングが大切で、左脳よりはるかに早く教育の可能性が閉じてしまうのです」

高齢の方たちにこの話はそんなにピッタリくるわけではありませんが、考えてみたら、PTAや婦人会などでも講演していたのです。

当時と比べたら、少しはましかなと思うこともあります。左脳中心の教育ではこの社会を乗り切れないという考えは少しずつ浸透してきているようですね。
先日、目にした文章です。
毎日の、家事と睡眠を除いた自由時間は14時間。
65歳から80歳で約77,000時間。
1日8時間で38年勤務と同じ。
小学校から大学までの標準授業時間12,000時間の6倍以上。
それで導き出された結論は「だから、何でもできる

一言付け加えさせてください。
「意欲さえあれば!意欲の座は前頭葉にあるのですから、豊かな前頭葉を育てましょう」
そしてもう一言。
「老後の宝は、何といってもお友だち。一緒にその時間を楽しめる友を持っていることは、そのままボケ予防につながります」

 

 


珍しい花をいただきました

2018年04月19日 | 私の右脳ライフ

近所の歳若い友人から電話ありました。
「今年もカリカンサス咲きました。ひと枝いかがですか?」なんていい友達!2〜3日前に姿を見かけて「お元気そうで何より。春になって庭仕事に勤しんでるな」と思ったばかりだったので、以心伝心みたいでそのこと自体感動ものでした。
届きました。ワイン色のお花ってなかなかないですよね。
カリカンサス

去年は5月になっていただきました。
通りすがりにオシャレな花色に見とれているとくださったのです。早速友人の作品展にプレゼントしました。
かくしゃくヒント33ー「作品展の後若返ったって言われます」3枚目の写真です。

和名の黒花蠟梅なら覚えやすいけど、印象が違いますね。

アップも。

一緒に届いたお花には、一人で興奮してしまいました。
蛇結茨(ジャケツイバラ)❣️

きつい棘があることと、高い木に巻きついて花を咲かせることが多いので「遠景」でしか見たことがありません。
こんなに近くでシゲシゲ見たのは初めてです。ちらっと見える朱がチャーミングですね。

HMさん。ありがとうございました。
ついでにこの花たちもアップしておきましょう。
金蘭(キンラン) 散歩道そばの秘密の場所で毎年楽しみにしてます。

こんなに花が密生してるのもありました。

これも秘密の場所にある宝鐸草(ホウチャクソウ)

全体の姿

一日花ですが次々に咲き続ける、健気な花。ホメリア。

私のまわりに、春たけなわです!
初めて見たお花も付録で。
3月末、麴町駅を探しあぐねていた時にビルのアプローチの植栽に白と、紫と、黄色の花をつけた高木見つけました。
「今の季節ならモクレンでしょう?でも黄色は何?」とわざわざ近寄って確認。「花はモクレンだけど…色が黄色だなんて…」

帰宅後確認したら、黄モクレンという種類があるのですって。けっこうポピュラーみたいでびっくりしました。
ついでに、グーグルマップでビルも検索してみたら、はっきりわかって、これにもちょっとびっくりしました。なんて便利な世の中になったのでしょう!


正常から認知症への移り変わり―花の色は移りにけりな…

2018年04月17日 | 正常から認知症への移り変わり
庭のジャーマンアイリスが咲き始めました。ほんとに花は季節をたがえず(多少のずれはあっても)咲いてくれますね。2008年4月17日投稿の記事です。ちょうど10年目ですから原点確認という意味で再掲します。
小野小町の和歌です。
「花の色は移りにけりな徒(いたずら)に我が身世にふるながめせしなに」
解釈は掛詞があって難しいですよね。
前の部分は、当時のことですから「花」は当然さくらですが、とにかく花が咲き盛りが過ぎてしまったということを意味しています。
考えてみれば、突然咲く花はありません。
「つぼみが芽を出し、膨らんで、その後にようやく花が咲く」という手順を踏んで咲きますね。庭のジャーマンアイリスを10日間写してみました。4月17日から27日まで。つぼみがちらりと見えたところから最初の花がしおれるまでです。

4月17日。このつぼみから、さて何色のジャーマンアイリスが咲くのでしょうか?

そう、ボケも突然ボケるわけではありません。
エイジングライフ研究所(二段階方式)では、ボケを軽度(小ボケ)・中度(中ボケ)・重度(大ボケ)と分類します。もちろんその順に推移していくのです。「何か変。だいぶ変。いよいよ変」「指示待ち人、言い訳のうまい幼稚園児、脳の寝たきり」
それではなにを持って分類するかというと、脳機能です。脳機能という物差しを当てると、簡単明瞭に分類が可能になります。
まずジャーマンアイリスの移り変わりを見てください。色や大きさを測定しなくても見ただけでその変化がよくわかります。しかも一日一日の変化の激しいこと!
4月20日
                       
4月22日

 4月25日

さて、ボケはどうでしょうか?
見ただけでその変化がよくわかるものでしょうか? 一日一日、この花のように開花に向けての直線的な変化があるはずもありません。
むしろ、変化をはっきり感じるときがあったり、前とちっとも変わってないと思ったり。
することは変なのに、言ってることはなんともなかったり。
ボケかどうかはっきりしない期間が大体5年くらいは続くものです。

花の場合はつぼみを見ればどのくらいで咲くかわかります。これは右脳の独擅場。
つぼみを計測して、形と色を客観的に数値化する必要はありません。円錐形のつぼみの直径や長さを測り、色は明度や彩度を厳密に言わなくても、「まだまだ」とか「もうすぐ」とかわかりますね。
慣れると、つぼみが色づいてくると花色の予測も立つようになります。

花の色や形が、開花の推移を正確に表して、そして私たちはその微妙な色の違いをキャッチすることができるのです。 だからこれから先の開花予想がつきます。
ジャーマンアイリスの推移はわかりやすいですが、ボケはなかなか。だから、脳機能というものさしを使うのです。
長年やってきていて体に染み付いたような行動には、ほとんど支障がありません「話す事だけ聞いていると、何も変じゃないし昔のままです」とは、家族の皆さんが口をそろえて言う言葉です。ずいぶん進んで中ボケの加減になっても、まだそういわれます。表面的に現れた行動や発言は、もちろん脳の働きの結果です。だから、ついだまされがちな表面的なものではなく、べースの脳機能を測るというのは、当然といえば当然のことですね。
いつも言うように、脳機能を測るのはその人を理解するための方策であって、評価することが目的ではないことは、私たちがテストをするときに心しなくてはいけないことですよ。
脳機能を知ったうえで、その人をよく観察すると、小ボケレベルではどういうことをし、中ボケになるとどう変化する。大ボケでないと起こらないことなどの整理ができてきます。
4月27日真ん中がしおれています。

それをコンピュータ処理したものが二段階方式の30項目問診票です。
次回から、問診票に入っていない,細かい症状の推移をお話していきましょう。
例えば、「家族の説明」「食事つくり」「洋服の着方」などに分けて、小ボケ・中ボケ・大ボケで、どのように変化していくのかを話します。
でも、「脳機能検査をする方が確実で役に立つ」ということは忘れないでください。
 

ここでも、認知症が進行中。

2018年04月14日 | 正常から認知症への移り変わり

久しぶりの友人とおしゃべりしました。
「元気なの?お変わりない?…・・・義父がちょっと…肺気腫で入院してたんですけども、そちらは落ち着いてきたんですが、何しろ一人暮らしですから。毎日誰かが必ず行ってあげなくてはいけなくて。ちょっとみんな疲れ始めてます」
大きなデコポン!500グラムありました。

「ちょっと待って。皆さんが疲れ始めてるって言うことは、ボケも絡んでるはずよ」
「そうなんです。記憶が全くダメ。でもそれよりもっと大変なのは、判断力がないことや先のことを考えられないことだと思います」

「記憶がだめなんです」と家族が訴えるときに注意しなくてはいけないのは、前頭葉がきちんと働いているかどうかの確認です。つい最近も書きました。

認知症専門医の方々 側頭葉性健忘にも気をつけてください

この時を振り返ってみます。
病院の方たちを始めみんな「認知症」というのに、一番近い家族である友人が「どこか違う。たしかに記憶の問題はあるけど、本質的なところは元の父そのもの」と感じていたのです。
でも今日の話は、状況判断力や見通しがないとまさに「前頭葉がうまく働いていない」ことが大問題だといってますから、普通の認知症(アルツハイマー型認知症)と考えて問題ないと思います。

次にどの程度のレベルか、探っていかなくてはいけません。この作業をする時に家族の方から思わぬ抵抗を感じることがよくあります。様々な訴えがあっても、どこかでは「ボケていない」と思いたい複雑な家族の心情に触れるのです。
実は今日、もう一人の友人からも電話がありました。
「だって、ほんとにしっかりしたことを言うのよ、とってもボケてるとは思えない」
「そうね。お話はね。でも、本当に状況が理解できていたらそういうことは言わないという見方はできないかしら?それからやってることはどう?」2013年にこんな記事を書いています。このおばあさんのその後です。

小ボケの症状2

この時から5年たってます。この時小ボケですから、今はもう大ボケに入ってもおかしくはないタイミングです。このおばあさんはとてもよく働く方ですから(つまり、ボーと居眠りばかりするのではなく体は動かすタイプ)進行は遅めであったとしても、中ボケ下限は覚悟しなくてはいけないでしょう。
聞かされる症状から言っても、脳機能はかなり低下しています。

便通のコントロールがうまくいかないために、結構大変な事件がよく発生するというのです。
『悪いねえ』という発言をすることもあるのですが、だからと言って何かを工夫するとか、努力することは一切ない!変です。
一方で「お前だけに面倒を見てもらう訳にはいかないから、次女にも連絡しておくれ」と全く正常な発言(友人の弁)があるといいます。「電話しておくれ」と大騒ぎしてもつながらず、後につながったら「あんた、最近ちっとも顔ださないねえ」と普通の世間話の口調でやり取りしたそうです。
「顔を出さない」という会話は何もおかしくない訳ですが、「次女に面倒を見てもらう」という前提での大騒動は吹っ飛んでしまっているところがおかしい・・・

レベルを納得してもらうように説明するのですが、その時思いがけない抵抗にあいます。
「ディに行く前になると、めまいとか頭痛とか訴えるから、ついつい休ませてしまう」というので、「今の前頭葉機能では状況判断はできないのだから、おばあちゃんのために必要ならばその判断は家族がするべきよ。幼稚園のこども(中ボケレベル)が、自分の将来を考えて今の行動を決められるわけがない」ときつく言ってみても「でもねえ。ほんとに普通のことを、言う時は言うのよ」
「でも脈絡ないでしょ」と話は堂々巡りです。
そのケースに比べたら、最初の電話はシンプルでした。

友人が次男の嫁という立場であることで客観的に見ることができること、二段階方式をよく理解していることで、私たち二人の間に共通の物差しがあることが、話をシンプルにしてくれたのでしょう。
「肺気腫で入院したのは今年になってからでしたが、ほんとに死ぬかもしれないほどの状態でハラハラしました。でも病院が無理で、家族もよく行ったのですが早々に退院しました」
「ちょっと待って。病院に落ち着いていられないんだとしたら、ボケが絡んでる」という私の発言はここで出ました。
「肺気腫の方はだんだんに落ち着いてきて、入院前くらいにはなってるんですが、短期記憶ゼロ、判断力ゼロその他ハラハラすることばかり。
食事も一人では全然食べません。
きちんとした人ですから出来合いのおかずをそのままでしてもダメでお皿に盛りつけ直さないといけないんです。だから結局誰かが夕食の介助に行かなくてはいけません。とても一人で生活することはできないんですけど、それに自宅のすぐ近所に施設ができ、入所できる状態なんですけど、どうしてもいやと言い張る・・・」

「生活が変わるきっかけは?」
「3年前に義母がなくなったんですけど」
「それなら、まだ小ボケ?」
「いいえ。義母の時も正常な判断がもうできなくて、入院させるタイミングを逸してしまったんです。あの時も言い張って誰のいうことにも耳を傾けなかったのです」
「その時が小ボケだとしたら、それより2~3年前に何が起きたの?」
「腰痛が始まって、楽しみごとを全部やめてしまったことだと思います。強い立派なお父さんということで、家族のだれも面と向かって意見を言うことなんかは考えられなかったんです。それが今に至ってしまった原因です。
この状態でも『お父さんがそういうのだったら、家で生活させてあげなくては』という兄弟もいるくらいですから」
このやり取りの間、私は世の中の人はちょっと見る目を与えてあげると、認知症のことがよくわかるものだと感心していました。ところが、「私のいうことなんか、だれも全然聞いてくれません」これが結論というのです。
認知症のことをよく理解していて、今までの経過やこれからの見通しも持っているのに。悲しいことですね。


3月の右脳訓練ー伊豆シャボテン公園の動物たち

2018年04月05日 | 私の右脳ライフ

ブログの更新が遅れていますが、しっかり右脳訓練には励んでいましたよ。
3月には一週間に2度、シャボテン公園に行きました。
クジャクがたくさん園内を散歩していました。オスの三態を!

これは尾羽ではありません。背中からはえる上尾筒と言われるもので、春から夏の繁殖期だけに生えるそうです。つまり繁殖期を過ぎると抜けてしまう羽なのです。

普通は、羽をせっかく広げてくれている時に後ろに回ったりしませんが、後ろはこうなってます。

もともとは友人の「カピバラの入浴で癒されたい!」という言葉から始まったので、真っ先にカピバラの露天風呂へ。この日は暑い日でしたから、入浴しているのはたった一匹!

カピバラふれあい広場もあります。


シャボテン公園にはいろいろ動物たちがいます。しかもすぐそばにいますから、結構楽しいのです。
「古くて、狭い」この条件を、「どこか懐かしく親しみやすい。動植物との距離感がない」と置き換えて運営されている方々の前頭葉に脱帽。行くたびに少しずつ変化しているのですから。
チンパンジー。以前は学習発表会と銘打ってステージで芸を披露していましたが、現在は島でゆったりと暮らしている様子でした。反省しているように見えますね!。チンパンジーの脳では多分反省はできないはずですから、遊んでいるか日向ぼっこしているかでしょう。

バク。去年の11月生まれはまだウリ坊です。

ヤマアラシジレンマという言葉がありますが、シャボテン公園のヤマアラシにはジレンマはないみたいです。

ミーアキャット

ミミナガロバ。どこがどうなっているのか?と思いましたが、耳が見つかると全体像がわかりました。人が歩くように指示されている道の真ん中で寝ていました。

鳥もたくさんいます。一番有名な鳥は有名なのは全国で7カ所しか見ることができないハシビロコウです。残念ながら寒い間は(今日は暖かかったのですが!)高齢のためほとんど小屋から出てこないとのこと。
フラミンゴもそばで見ると一層綺麗で、なおかつ不思議なフォルムです。

インコは何羽いますか?

アネハヅル

カンムリヅル

オシドリ

目をあげるとこういう景色も

小ボケや中ボケになった人たちの脳リハビリのための外出先として、夏と冬は水族館、春と秋は動物園と指導します。
前頭葉が元気な時に行けば、脳が活性化できた実感が持てますよ。


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