もうひとつの成果を報告します。
今回の目的は、1989年に小ボケ・中ボケとされた53名全員を対象にした個別調査ということでした。戸別訪問して検査をするまでもなく、参加された健康教室での検査が中心になりました。(脳機能が低下した方には戸別訪問での検査になりましたが)
フォロー群だけでなく教室参加者の皆さんに全員検査を受けていただいた方が、自然な流れでもあり、抵抗が少ないだろうということで、一教室で3~4か所検査のブースを作って、保健師さんと私で個別検査を実施しました。
そのデータが集まるにつれて、このチャンスを逃すべきではないという気持ちに駆られて、結局65歳以上の高齢者全員303名に個別検査をするという新しい目標ができました。戸別訪問まではできませんでしたから、実施できたのは主に健康教室の参加者231名。実施率は76.2%でした。
30年近く前のデータですが、一地区全体の高齢者に対して個別脳機能検査を行った例はほかにあるのでしょうか?実施率76.2%という数値も含めてです。
初回の調査では、集団かなひろいテストで一次スクリーニングを行い(214名/276名。実施率77.5%)、不合格者に対してだけ個別検査を行ったために、上のようなグラフはできません。
健康教室に参加した方が中心でしたから、未実施群は、その中心は重度化した方が多いと思われました。
初回調査では小ボケ26名/214名で12.1%。中ボケ27名/214名で12.6%。合計24.7%。どのような調査をしても、脳機能が小ボケや中ボケの方たちが一定数、概数でいえば3割はいるということになります。ここが、ボケの改善対象です。
この実態調査には、いくつもの示唆が含まれています。
1.前頭葉機能(かなひろいテスト)が高いレベルの人は、脳の後半領域機能(MMS)も高い。
2.MMS合格群の中に、かなひろいテスト不合格群がいる。
3.かなひろいテストの成績が悪くなると、MMSは高得点から低得点まで幅広く分布する。
4.かなひろいテスト不合格を第一条件として、MMS成績で区分するとボケの重症度を表すことができる。(病院での臨床から、一致が確認された)
5.地域には、前頭葉機能を含め万全な人から、前頭葉機能だけに機能低下がある人、脳の後半領域の機能低下が起きている人まで、切れ目なく存在する。はっきりとしたピークがあるわけではない。
上に書いた5.とグラフのなだらかな推移を見るときに、「ボケは防げる治せる」という言葉が浮き上がってくるようです。
脳機能をイキイキと保つ意識を持つこと。
万一、脳機能の低下が起きてしまったときには早く気づいてその回復を図ること。
熊地区で行った、小ボケと中ボケの方々に対する生活指導をまとめておきます。
1.生活意欲を失い始めた高齢者に対する家族ぐるみ、地域ぐるみの交流の促進。集まりへの参加を勧める。
2.集まりでは、ゲームや手工芸や歌などを中心に楽しく和気あいあいとしたプログラムを行う。
3.生きがいになるものを共に探す。畑仕事、家事、ものづくり、家族で行うゲームなど。
具体的には、個々人の成育歴、職歴、家族状況などを聞き取りながら、「できること、なかでも楽しめるもの」を探していきました。
孫との交換日記を始めた人も、農作業を復活させた人もいました。ハモニカを始めたり、将棋や碁やパズルにはまった人もいました。
この地区はほとんどの家が「ぽつんと一軒家」状態なのですが、人間関係は密で共助の精神も強く、良い意味で隣人への温かい関心が深いという特徴がありました。また当時ゲートボールなどの普及期にあたっていたことも良い条件だったと思います。
目覚ましく改善されたS.T.さん(82歳→87歳)を紹介しましょう(紹介の許可はいただいてます)。
手芸が得意な方でしたから、生きがいを手芸から見つけようとしたのですが、私たちが指導を始めた時は四角の編み物モチーフが丸くなってしまうという状態、そろそろ家庭生活に種々の支障が出始めるという状態でした。
「年齢のせいかと思っていた。かかわり方がわからない」という家族に対して、「夫死亡後にぼんやりした生活を続けたために脳の老化が加速されただけである」ということを説明して、レベルに合わせた親身で優しいかかわりが必要であることを指導しました。家族のかかわりが密な感じが伝わってきませんか?
そしていよいよ、こたつかけという大作までできあがることになったのです。MMSは8点も改善されました。
たった、こういうことがボケ予防!と思う人は多いかもしれません。確かにボケを治してくれるのです。ただし小ボケや中ボケで取り掛からないと間に合いませんけど。
1988年調査当初はご一緒した天竜保健所の保健婦さんは大きく異動があって、5年後の1993年にはほとんどが天竜保健所には在籍していなかったのです。この事業の目的すらはっきりしない状態で、熊地区に入っていくということに対して、新しい保健婦さんたちが戸惑っている様子がよくわかりました。考えてみれば、ほとんど関りがなかったわけですから当然ですよね。
「天竜市熊」という言葉にひかれて昔の仕事を振り返ってみましたが、この調査結果はもっと正しく評価されるべきではないかと今更ながら気づきました。
認知症の早期診断、介護並びに回復と予防のシステム