夫から声がかかりました。「急激に進行する認知症だって。見てみたら?」
「たけしの家庭の医学」というテレビ番組です。
急激に進む認知症といえば、遺伝子異常を持って生まれてきた真の意味での「アルツハイマー病」。若年発症で急激に進行し、対応するすべがない大変な病気ですが、これは本当に珍しくて認知症の中でも1~2%といったところでしょう。
それから、脳の中に水がたまる「正常圧水頭症」、頭を打った後3か月ほどもたって急に認知症の症状が出てくる「慢性硬膜下血腫」、「脳腫瘍」の場合もあります。これらはみんな、まず「病気」があって、認知症の症状を出してくるので「二次性認知症」といいます。
これも、まれなケースで認知症全体の2~3%。
興味がある方はお読みください。
正常圧水頭症の診断には「急激な変化」が必須条件
テレビはドラマ仕立てでした。一緒に家業の縫製の仕事をしている仲良し姉妹の話。姉が50代の妹の変化に気付き受診するところから、私は見ました。
記憶が飛んでしまう。ボーとしている。ぐったり机に伏せていることも。ほとんど意識がないような時もある(交通事故を起こす)。椅子からさっと立てない。倒れたことも。食事の量が少なく体重の大幅減少。一口の量があまりにも少ない。縫製で縫い目がそろわないなどなどの症状がみられました。そしてほんの数か月で進行していくのです。
姉が心配のあまり受診を進め、最初の診断は「ストレス・過労」だったか。
この多彩な症状の原因として、納得のいく診断が出ないため受診を重ねます。多分3度目か4度目の病院で「ビタミンB12欠乏症」という診断が出たのです。そのドクターは、訴えを確認するために「秘密の武器(CTやMRIのような最新鋭の機器ではなく、ごくありきたりの検査用具)」を繰り出して検査をし、その原因を究明されました。痛覚異常のためには細い針が二本ある器具で指先を刺すという「原始的な検査」をされました。食べにくさに関しては舌をしっかり出させてよく観察、手指の運動状態もチェックされて頸椎神経の異常も指摘され、患者さんたちも症状を起こす原因が納得できたようでした。
唯一、科学的というか近代的だった検査は血液検査。これでビタミンB12の欠乏が数値で証明されたのです。ビタミンB12の投与が治療です。
どの病院でも、CTやMRI検査を行い特別異常なし。そして認知機能検査(長谷川式のようでした)を行い、「認知機能には問題がない」とドクターがつぶやきます。
不思議ですね!
「生活上では認知機能に問題があるが、少なくともドクターの診断では認知機能に問題がない症例」を、「急速に症状が進む認知症」として紹介しているのです・・・
その理由を考えてみました。
1.記憶に問題があるから。
世の中には認知症は記憶障害から始まるという大きな誤解がありますからね。ただしこのケースの記憶障害は、受診するほどにはっきりと問題を起こしていながらも、ドクターの認知症検査には引っかからなかったのですが。
ちなみに認知症の始まりは前頭葉機能が年齢相当の能力を超えて低下してしまうことから始まります。つまり、測らなくてはいけなかったのは、左右脳の後半領域の働き方をチェックする長谷川式検査ではなくて、前頭葉機能検査だったということです。
2.急激に進行することそのものに興味があった。
普通と違うケースをセンセーショナルに取り上げて、皆さんの耳目をそばだてようとする制作者側の意図があからさまです。
認知症の9割を占めるアルツハイマー型認知症は、長い時間をかけてだんだんに症状が進行します。社会生活にだけ支障がみられる小ボケ(前頭葉機能だけが不合格)が3年、家庭生活にも支障が起きてくる中ボケ(前頭葉機能低下にプラス認知機能もやや低下)がさらに3年くらい。そして6年もたって、ようやくセルフケアもおぼつかなくなる要介助状態の大ボケ(一般的に言われる認知症)になるのです。
二次性認知症は先にあげたように、正常圧水頭症と慢性硬膜下血腫がほとんどです。そのどちらも急に症状が出てきたと思ったら、日ごとにといっていいくらいのスピードでどんどん悪くなっていきます。テレビで「手術で治る認知症」といった取り上げられるのはこのタイプです。
2.で制作者の意図を意地悪く表現しましたが、一方で私はこんな感想を持ちました。
制作者側だけでなく、一般の人たちが、このようなケースは「普通でない、珍しいケース」と思っているということなのです。
今回でいえば、50代という若さで、現職で働いていながらボケていく人なんかいない。しかもあっという間に進行するのも不思議だ・・・
認知症は、高齢者の問題で、しかも仕事をやめて第二の人生に入って生活に楽しみも変化もなくなった人に起きやすいと思っているということですね。
その通り。一般の人たちの感覚というか経験値というか正しいことに脱帽します。
大切なことですから繰り返しておきましょう。
ビタミンB12の欠乏が原因の認知症は、少ない!ということです。
少なくとも私の知る限りでは、ただでも少ない二次性認知症の中で、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫の陰に隠れるくらいです。
付録に、ついでですから、ちょっとチェックしてみた情報を書き添えておきましょう。
ビタミンB12欠乏症が起きる原因として、クローン病のような消化器官の病気や胃の摘出手術後。まったくたんぱく質を摂らないビーガンのような極端に偏った食生活。糖尿病薬(メトホルミン)投与。などがあげられていました。
可能性として一応知っておくことは良いことでしょうが、もともと極端に少ないということと、急激な変化は、最も多くを占めるアルツハイマー型認知症では起こりえませんから、心配は不要です。