脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

岩手県奥州市の認知症予防教室「年とらんと会」-3

2014年11月30日 | 認知症予防教室

「年とらんと会」の報告がもう一つあります。

会の女性部推進役の千葉キヌさん。演劇の時の脚本やナレーター担当です。
水沢江刺駅に迎えに来てくださった千葉謙さんが
「キヌちゃんだけど…」と声を潜めて言われるので、びっくりして
「亡くなったの?」とつい大きな声が出ました。

千葉謙さんは「違う違う!」と大慌て。
キヌさんにはもともと腰痛があったのですが、その手術のために入院。再手術などもあったため、かれこれ50日も入院されてるそうで
「年とらんと会に行く前にちょっとお見舞いに行ってあげてほしい」という言葉に、もちろん二つ返事でOKです。

「50日・・・しかも痛みと戦いながらでしょ?大丈夫?ボケてないかしら?」とつぶやく私の声を聞きつけて
「そんなことはないよ。2~3日前にも顔だしたけど元気!元気!もともと土台が違うからね、キヌちゃんは。大丈夫だよ」
そんな話をしているうちに病院到着。

恐る恐る病室に入った私たちに、キヌさんの笑顔が飛び込んできました。
84歳、50日間も入院している人に見えますか?

この笑顔を見て私はほんとに安心しました。
「この大変な50日間に負けてない!」と確信しました。

あわただしい面会時間にびっくりするようなことを、キヌさんは言ってのけました。

「私、入院中に脳梗塞もやったんです。ある朝起きたら、ろれつが回らなくて口の右の端が何だか変で、これは脳に何かが起きた!言葉の脳にね。ってすぐわかったから、看護師さんに言ったら少しも変でないというの。だから自分で一生懸命お医者さんに訴えてようやく治療してもらったんだけど、なんともなく治りました。
考えたら入院中だったから助かったということでしょ?
いろいろ思うこともないとは言わないけど、それより、楽しいこと、うれしいこと、できることを思うようにしてる。そっちの方がいいものね」

1989年に調査したかくしゃく百歳の方々のお顔が目に浮かびました。
みなさんは共通しておっしゃたのは、全くこの言葉でした。
楽天的というか、肯定的というか、ポジティブな前向きに考え方ができる人達でした。

生きてこられた人生は十人十色。
山も坂もあったでしょうに、その人生を良きものと振り返り、来るべき時にも明るさを見ることができるのは、まさに前頭葉の力。
キヌさんは、豊かな才能だけでなくがんばる底力にも恵まれ、何よりも前向き前頭葉の持ち主です。
今84歳、これからもキヌさんのやりたいことを楽しむだけでなく、キヌさんを待っている人のためにも、
「『脳』を大切にしてくださいね。ボケないでね」と言ってお別れしました。

「年とらんと会」の佐野向公民館でも、脳の病気の話がありました。
1.慢性硬膜下血腫で血を抜いてもらった仲間が、年とらんと会に出席することを目標に頑張ったそうです。ひざの手術をした人も、また出席したいとリハビリをがんばったということもあったそうです。


2.前の安次郎会長さんも、朝早くトラクターで仕事中に脳梗塞の発作でたおれてしまったそうです。
「土手に、寝ていたら通りがかりの人が救急車を呼んでくれてなんともなく退院できた」ですって。
「今日も夏油温泉の冬ごもりの準備をしてきた。もう雪が水分積もってるよ」と
遅れて参加です。
同席していた奥さんが、「倒れていたのはちょうど見えない場所なんです。見つけてくれてほんとにありがたかった」と、地域の力を言われたのが印象的でした。

もうすぐ80歳のハシメさん。童女のようなかわいいおばあちゃんですが、体の柔らかさと仕切り力はなかなか。もちろん世剣舞の舞い手です。

現会長さんは、みなさんから飲み過ぎチェックを受けてます。(手術をなさったそうですけど、お大事になさってください。)世剣の舞が始まって衣装にちょっと不備を見つけたら、すぐに行って治してあげていました。御神楽奉納幕もきちんと引いて。そういうところが千葉謙さんが言う「会長職がその人の脳を鍛えることになる」というところかと思いました。
 

男性群が多いです。地区のもともとのリーダー千葉謙さんが、率先して活動を進めたところが遠因かと思います。
長栄さんは80歳を超えていらっしゃいます。「耳が遠くなってね」と言われましたが、にこにこしながらお話にもちゃんと参加されていますし、私の話を聞いてくださるときの真剣さは素晴らしかったですよ。後で女性群が「とても協力してくれるんですよ」と耳打ちしてくれました。

正面写真が撮れていませんでしたが、やはり以前に会長を勤められた正賢さん。
マラソンが趣味で「今年も全国大会シニアの部で優秀な成績を収めたんだよ」と資料を見せてくださいました。
実は世剣舞の復活には正賢さんの御力が大だったそうですね。元来男の舞いだったそうで、女性は着物をたたむことも許されないと聞きました。どんなに丁寧に教えてあげたことか、想像するだけでもご苦労がしのばれます。これからもよろしくお願いします。


千葉謙さんはお囃子方。チェックのシャツの一色とセーターの色が同じというおしゃれさんでした。

「年とらんと会」の皆様
これからも、体を大切になさってください。そして脳も大切に。
脳の健康は、皆さんが心ひとつにして楽しく過ごされることですからね。
またお会いできる日を楽しみにしています!

 

 


認知症予防教室「年とらんと会」の世剣舞

2014年11月26日 | 認知症予防教室

まず告白。
初めて、iPadミニで動画を撮ってみました。
電池があまりなくて、動画を取ることでどのくらい消費するかわからず途中でやめました。
ネットで教わりながら、ユーチューブにまずアップして、ブログにアップするということを学びました。(わかってしまえば実に簡単)
「年とらんと会」の世剣舞をぜひ皆さんに見ていただきたいという思いがあったので、とっても私の脳刺激になりました。
(自分の意欲が無ければ、嫌々やることになり、居眠りよりはましというレベルの脳刺激。前頭葉の関与の差が脳刺激の効果を決めます)

認知症予防教室「年とらんと会」の世剣舞


岩手県奥州市の認知症予防教室「年とらんと会」-2

2014年11月25日 | 認知症予防教室

今回訪問した時も、奥州市江刺区稲瀬「年とらんと会」の皆さんが歓迎してくださいました。その歓迎ぶりは感謝を超えて感動ものでした。

稲瀬は名前の通り、おいしいお米の名産地です。江戸時代には、船で北上川を下り江戸にお米を運んだそうですが、その折に「金の札 」を掲げておいしいお米だとアピールすることが許されていたと聞きました。江刺金札米
その広い稲瀬の一角に佐野向地区の公会堂があります 。

公会堂に入ったら、持ち寄りのごちそうが机の上に所狭しと並んでいました。どのお皿からも、身近な食材を使って心を込めてお料理してくださっていることが伝わってきます。

一関地方を中心にしたもち文化の地域ですから、時計回りにショウガ・クルミ・ズンダのおもち。

地区一番のおもてなし料理イカもち(イカの袋を炒めて、ゴボウとニンジンのすりおろしを加え、最後はみそ味で。豆腐も入れて、青みはセリがお約束とか)も用意してくださいました。

問題はこれだけの量のごちそう!どうするのかと思ってしまいましたが
「みんなで分け合って持って帰るんです。他の人の作ったごちそうを食べられるのがうれしいし、自分の料理を持って帰ってもらえると思うと、励みになります」

「自分にできることが、他人を喜ばせることができる」
このことを心から喜んでいる気持ちが伝わってきました。

会食しながら、その後の暮らしぶりを次々に語ってくれるのですが、皆さんイキイキしていること!
そして皆さんお若い。
教室が始まってもう10年にもなるわけですから、10歳、年を取ったことは事実ですが
「この教室があるおかげで、楽しみがたくさんある。教室に来てみんなで話したり、歌ったり、踊ったり。時には先生に来てもらってワイワイいいながらものづくりも楽しむし・・・」
確かに行灯が飾ってありましたね。編み物もよくされています。


男性陣は2年ずつの交代制で会長さんになります。このアイディアも「年とらんと会」を立ち上げた千葉謙さんから提案されたものです。
「会長をやることで、自分たちのものという感覚が出てくる。だから意見も言うようになるし、工夫もしてくれる。
また会長を務めたことで、自分の能力に自信が出る場合もある。他グループの世話人も買って出るようになった人もいる。パソコンが使えるようになった人もいたなあ」

旧江刺市の他の教室とも年2回は自主交流会を開いていてね。笑い声いっぱいの楽しい時間だよ

「数年前から、教室にふさわしいテーマは何だろうかと試行錯誤していたんだけど、重要文化財までなっている御神楽が途絶えてしまっていることに思いあたった!もちろん「年とらんと会」名物の劇も続けてるけどね。去年は認知症予防の大きな大会で頼まれて演じたけど、たぶん我々が一番好評だった、はず(笑)」

「それくらい、いろんなところから引っ張りダコ。中学生に教えたり、ホームに行ったり。
いろんな大会で頼まれることも多くなったし、そうそう明日も岩手県食の匠の大会があるので呼ばれてるんだ」

「新聞にもよく載るよ。表彰もよく受けるし」
確かに壁にたくさんの表彰状が飾られていましたね。

こんなに脚光を浴びたら、練習にも身が入るし、出演が楽しみにもなります。
千葉さんのお話はまだ続きます。
「忙しいとか、また~というようなブーイングは聞かれないのは、これが自分たちの脳刺激でボケ予防やってるということがよく実感できてるからだと思う

「みんなで!という精神はここ佐野向には前からあったのだけど、この年とらんと会では本当になんでもみんなで取り組む気持ちでやってるよ
御神楽の準備でも、会場の準備でも
ごく自然にみんなが助け合ってました。


「12月になったら、忘年会をするんだけども、これは佐野向の人みんなに声をかけて温泉に行くことになってるんだよ。教室に入ってなくてもボケさせるわけにはいけないからね」

ボケないように、地域で声を掛け合い協力し合っていく
こういう考え方だけが「住み慣れた地域で、高齢者が安心して住み続けることができる」社会を実現させるのだと思います。

(さすがに御神楽ですね。襟が正されました)

認知症になったら、それも小ボケを過ぎて中ボケになってしまった時点で、地域で支えるのはもう無理だと思います。
なぜならば、私たちの言う中ボケは、
夜中に騒ぐ、徘徊、不潔行為などの世で言う「ボケた症状」はまだないレベル。けれども脳機能から見ると幼稚園生くらいの判断能力・生活遂行能力になっているのです。幼稚園生を一人暮らしさせるでしょうか?!
まして、日常生活に介助がいる大ボケの人を、常に見守りがいるようなレベルになっている人をどうやって支えられるというのでしょうか?!


ボケを生まない努力こそが、これからは、地域に対して求められなくてはいけないことです。
その具体的なモデルが、岩手県の奥州市江刺区稲瀬、そのまた1地区に過ぎない佐野向「年とらんと会」のあり方だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      

 


岩手県奥州市の認知症予防教室「年とらんと会」-1

2014年11月24日 | 認知症予防教室

11月17日に岩手県奥州市稲瀬の「年とらんと会」に行ってきました。
エイジングライフ研究所が提唱する、地域ぐるみの認知症予防活動の一つの到達点かと思うほど感動しましたのでまとめます。
「年とらんと会」のご紹介。今までに書いたブログの中からピックアップしてみます。ブログが移動しましたので見苦しい点はお許しください。


 

2006.2.11 江刺市「稲瀬年とらんと会」

江刺市の脳元気グループ「稲瀬・としとらんと会」の紹介です。
この会のスタートは、稲瀬地区センターの市職員の千葉さんが、市役所健康増進課長に栄転する所から始まります。
「いろいろお世話になった千葉さんに、餞はないだろうか」
「健康増進課の進めている脳元気グループを立ち上げてみようじゃないか」(千葉さんだらけですから要注意)

ここで登場するのが千葉謙さん。去年の交流会の勇姿です。
Dsc00378_1 稲瀬地区は26戸という小さな部落ですが、どういうわけか男性が早世され未亡人が多いそうです。3年前大きい建築会社の副社長を退職したところ、恰好の人材ということで老人クラブの会長に 就任。70歳に見えますか?
去年からは、正:千葉謙さん。副:千葉きぬさんの最強コンビになっています。

 

次の立役者が千葉きぬさん。これも去年の作品です。
Dsc00390_2 「としとらんと会」が始まって、「こういう心境になりました。左←右」と説明してくれました。着物地から作るベストを皆さんに伝授したそうで、参加者全員が着用。更に「ほしい人のために」と型紙まで用意してありました。去年も今年もナレーターの大役で参加。声も姿も若々しく、年齢は千葉謙さんよりは上とだけ報告しておきます。

 


 

P1000037_3

 

 

去年は「チンドンやパレードと昔の遊び」さて今年の出し物は?集団就職したあの頃を思い出して「歌劇」ですよ。

P1000032_1 オープニングは「ああ上野駅」の合唱にのって「うえの、うえの、終着駅上野です・・・」のアナウンス。舞台には、ほほを高潮させた学生服・セーラー服の皆みなさん。中学卒業後、集団就職という設定です。

 歌の上手なすみちゃんは、退職後はじめたP1000028_1カラオケ教室の班長さん。きぬさんのよき協力者です。美声を生かして最高齢のおばあちゃんの手を引いて「東京だよ、おっかさん」を歌いながら舞台を進みます。

 足の悪い人は、靴磨き。
P1000033_1

 

 

 

みさこさんも足が悪いので、モデル。画家は千葉謙さん
(汽車と二重橋も描かれました)
P1000029_1 

2月13日には渡温泉に一泊で「お疲れ会」だそうです。これは地区恒例のものだそうですが、今年の6時から9時の宴会タイムは、さてどう盛り上がるでしょうか?世話役さんたちは、衣装をどうするか相談中とのことです。
今度の行政一区の総会では「またやる!」ことが決定済み。

江刺の花作りコンクールでは3年連続の優秀賞受賞、神社・会館の掃除や芋の子会その他まとまりのよい地区活動あってのことときぬさんは述懐されましたが、地域性はもとより、「ボケ予防」という大きな目的が認識され、皆さんを強力に引っ張るリーダーに恵まれれば、ここまでやれるのです。こういう「生き方」ができるのですね。

一方で、千葉謙さん私からのメッセージです。
稲瀬の皆さんのために始めた活動ですが、第二の人生が始まり「としとらんと会」のなかで千葉謙さんの持っている才能をいかんなく発揮することができて、私は何よりも千葉謙さんのために喜んでいます。
そして、来年を楽しみにしています。
それからもう一つ、これはお願いです。
「稲瀬の皆さんを引き連れて、あちらこちら公演してまわる」
実現できたらいいですね。
追伸。今度チャンスがあったら似顔絵を描いてください。


江刺の脳元気教室は2004年には始まっていたと思います。交流会も回を重ねるたびに充実してきたのですが、例の大合併。
保健師さんたちの業務の見直しもあったのでしょう、以前のように積極的には事業にかかわることが少なくなっていきました。当然ながら私が江刺に伺うこともなくなっていきます。
「年とらんと会」の活動は、全く自主的に継続していきました。
特に寸劇は好評で、すぐにいろいろなところから公演の依頼が舞い込むようになっていきました。


2008.12.11 号外 奥州市千葉キヌさんの手紙

奥州市江刺区稲瀬としとらんと会の千葉キヌさんからのお手紙です。
「脳元気いきいき交流会」の報告をくださいました。
途中からですが、とにかく読んでみてください。ちなみに、千葉キヌさんは79歳です。 

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どうですか?
こういう生き方ができたら、少なくとも「脳の健康」は保障済み!という感じではないですか?

千葉キヌさんや千葉謙さんという、全体のことに目を配ることができる方々がいらっしゃるので、 稲瀬はほんとにいい感じ。

お二人に話を聞いたら、もともとみんな仲良しで、協力して事を為すという地域性だといわれましたが。
そういう風に言われるところがさらにまたいい感じ・・・・・

台本(配役)役名に注目、楽しんで工夫していることがわかります。
秋に亡くなった仲間も主役ゴンタの亡くなった妻役として参加しています。若手3人が旅行で抜けたのですが「森の仲間出張会議」、どうしても参加できなかった人たちは「留守番」として、あくまでも全員参加を図っているところなどは感動ですね。キヌさんの優しさでもあり、稲瀬佐野向の優しさでもあるのでしょう。

Img_2

 

千葉キヌさんと電話でお話しました。
①皆さんが舞台慣れして堂々としてること。
②せりふなしで構成していたら、「せりふが言いたい」といわれて、せりふを作ったこと。
③台本を基に、自分のだけでなくみんなのせりふを覚えたこと。
④だから、マイクの手渡しがスムーズにいったこと。
(練習当初は20分かかったのが本番では16分に収まった)
⑤お面や帽子など小道具作りも楽しんだこと。
(今回も、背景画は謙さんの作品だったようですね)
⑥当日は若手3人が旅行で参加できなかった分、余分にがんばったこと。
⑦岩手日日に掲載されたこと。
⑧ビデオ撮影担当者がいるので、反省会をかねた忘年会が楽しみなこと。
⑨公演して「お花」をもらってみんなでランチを楽しんだこと。etc

お手紙もうれしかったのですが、としとらんと会の活動そのものがうれしいのです。
他教室との交流や公演も、たびたびされますように!
皆さんお元気で。風邪と転倒に気をつけて、冬に負けないでください。


2011.3.10 あの東日本大震災の前日、年賀状をいただいたりしたので、久しぶりに「年とらんと会」にお邪魔して交流を深めました。地震の後、千葉謙さんは、私が一関市にいることを知って何度もお見舞いの電話(携帯だけつながったのです)をくださいました。
そして3.18.迎えに来てくださって花巻空港へ行くことができました。千葉さんのご尽力がなかったら、いつ帰宅できたかわかりません・・・


2011.6.25 「ここに幸あり」花壇 奥州市「年とらんと会」の活動

奥州市「としとらんと会」の活動はたびたび紹介していますが今日も心温まるお話です。

   稲瀬としとらんと会in奥州市江刺区

   号外ー奥州市千葉キヌさんの手紙

   江刺市「稲瀬としとらんと会」

   千葉さんの手紙「新聞に載りました」

   Img_0002

 

 

 

 

 「としとらんと 会」のメンバーが、地域の奉仕活動として花壇作りを長年やってきているのです。
「このたび、その花壇にこのような看板を立てました」とおなじみ千葉謙さんからご連絡をいただきました。
「あんまり、見事なのができちゃったから、今一つ心配してるんだ!ナニ、通り掛かりの人がお宮と間違えて拝んだりはしないかってさ」
それからしばらくして
「今度は通りの入り口にちょっと立派なのを据え付けたよ。何しろ今年の会長さんが大工さんだからね。前のは杉の丸太だけど今度は欅(ケヤキ)の一枚板!」

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書いて彫ったのは、二つとも千葉謙さん!
材を生かしたデザインと言い、変化のある字体(後でお話しする理由があります)と言い、おみごと!!!

実は、3月の大震災の前日、私は「としとらんと会」にお邪魔していました。
全くプライベートで遊びに行かせていただいたのです。そしていつもながらの大歓待を受けました。写真を写してありますから、その雰囲気を味わってください。

世剣(せつるぎ)の舞。去年の交流会の出し物で途絶えていたものを復活させて、今度は地区の子どもたちに教えることになっています2011_0310_115800p1000087






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余興もあります。引っ込み思案という言葉はここにはありません。みんな出たいのです。
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楽しそうでしょ。「としとらんと会」の皆さんはいろいろなことを「楽しいイベント」にかえる名人がそろっています。
ほんとは今年「全国チンドン屋フェスティバル」に出場の予定だったとか。
会場が大船渡市なので無理ですね・・・
 御馳走も記念写真もあります。
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この翌日が大震災。
帰宅してしばらく経ったら、本当にお世話になったという感謝の気持ちと、何かちょっとプレゼントしたいなあという気持ちがわいてきました。Img_2

「ここに幸あり」と聞くとメロディが浮かんでくる保健師さんもいるはずですが、大津美子さんが歌っています。 私の40年来の友人です。
3月11日、岩手にいる時に、たまたま電話をくださって、それは大層心配をしてくださったのです。

帰宅後、いろいろ報告のおしゃべりをしているうちに
「『ここに幸あり』って励ましの言葉にならないかしら」と思いつきました。
大津さんは
「こんな大変な時に歌どころではないと思うし、気楽に『ここに幸あり』って言えない気がするわ」とためらわれたのですが、押し切って色紙を書いていただきました。

それを、「としとらんと会」にお送りしたら、思いがけない大々的な活動につながったというわけです。
(上の写真は、大津さんから頂いた今年の年賀状です。看板の「ここに幸あり」の字は、実は大津さんの字をまねて書かれていることがわかりますよね!)
千葉謙さんの話
「面白いもんで、名前がついたというだけで今年の花壇づくりには気合いが入ってる。みんながイキイキしてよかったと思ってるよ」
「例の看板、祈ってる人を見たという報告はまだないけど、あの前で佇んで涙ぐんでる人がいたって聞いたよ・・・歌がいいんだよ。それにしてもやっぱりいいことをしたんだね」
「まぁ、今回いろいろあったし、ちょっと気を入れてやったから今度は『お疲れさん会』もやることになってるんだよ。としとらんと会のみんながそれも楽しみにしててね。次々に楽しいことにつながっていくもんだなあ」

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「としとらんと会」にはテーマソングがあって、例会では皆さんが唱和されます。そして
「この歌の通りだね」と
言い合われるのを何度も耳にしました。
その「ああ人生に涙あり(御存じ。水戸黄門主題歌)」に加えて「ここに幸あり」も歌うようになったそうですよ。

ここでもノリのいい「としとらんと会」の面目躍如ですね。

お花がきれいに咲いたら写真を送ってくださるそうですから、楽しみにしています。


年とらんと会のあらましと、私との関係はわかっていただいたでしょうか?

稿を改めて、今の年とらんと会の様子を書きます!

 


実りの秋ですね

2014年11月17日 | 私の右脳ライフ

写真の向きが直せました!
くださった方へ、感謝を込めて再掲します。

友人が、秋の産物を届けてくれました。
猛々しかった今年の夏の大雨。なんということだったのでしょうか?
それでも季節になると、ちゃんと実りがあることはありがたいことですね。

携帯で撮った写真が、90度回転することがわかりましたが修正方法がわかりません。
頼みの綱のタブレットが急死しました。ipadを今日ゲットしてきましたが、使いこなすにはちょっと時間がかかりそうです。


定番栗おこわ

さっと煮ました

ゆで栗は素朴なおいしさ

しょうがも到着

絶妙な、ミドリとピンク


佃煮

甘酢漬け

 食欲の秋だというのに、こんなにおいしいものがたくさんあって困ってしまいます(^^;

   

 

 


9月の右脳訓練

2014年11月16日 | 私の右脳ライフ

時期外れですが、写真の向きが直せましたので再掲します。
東京駅周辺も魅力的です。

ブログの更新を怠っていても、生活に「遊び」は取り入れておりました。

東京に久しぶりに行きました。丸ビルで食事をして、KITTEに寄って、美術館にも行きました。
この私の行動を理解してもらうためには、左脳を使うともっともっと詳しく書き込んでいかないといけませんが、右脳を使えば、何枚かの写真を並べるとかなり目的は達成されます。

丸ビル側から東京を見るとこんな感じです。(すみません、90度回転しています)
駅前地下の駐車場の工事が後もう少しになりましたから、ずいぶんすっきりしてきました。

 東京駅丸の内南口前のKITTE(元の東京中央郵便局)には、無料!インアターメディアテクがあります。

東大と日本郵便が公益のために運営している博物館とでもいえばいいのでしょうか?東大の持っている古~い博物館資料が展示されています。

今回は山科鳥類研究所の鳥の標本がたくさん展示されていました。
お茶で使う羽箒も出品されていましたが、その説明文に惹かれました。

「欧米では、着色して使われることがほとんどだが、日本では、その羽の持つ自然な文様をめでて使われる」

メインの展示では、前回行ったときには気付かなかったシーボルト関連の品々があり、明治を近く感じてきました。
ちょっと不思議な感覚ですね。

「とてもよく知っている、但し歴史上の人物。その人のもの(作品や使ったもの)が目の前にある」急にその人が生々しく感じられます。

展覧会に行くと、大体いつもこの感覚に圧倒されます。聖武天皇と光明皇后の書 の時もそうでした。

KITTEの屋上に庭園があることを知らない人は多いでしょう。
Okujou 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋上庭園と言ってもお茶だったでしょうか、灌木の植え込みと芝生、木製デッキとベンチだけのシンプルなものですが、東京駅のドーム型屋根や新幹線を見下ろすという経験は、珍しいだけにワクワクしました。
芝生の向こうに見えるビルは、左が丸ビル、右が新丸ビル。丸ビルの左の間からは、少しですが宮城が見えました。
Marunoutiminamai
この日のメーンは三菱1号館美術館(このHPはとっても素敵ですから、ぜひクリックしてみてください)で開催中のヴァロットン展でしたから、足を延ばしました。

建物自体が、美術品と言ってもいいのではないでしょうか。日本で初めてできた洋風建築の事務所です。道を隔てた手前のこのビルは、三菱UFJ銀行でした。
さすが丸の内は「三菱村」です。

中庭もすてきです。都心の一等地にこのようなスペースを提供できるセンスに拍手!

彫刻作品も

ヴァロットン展は、世界巡回展のために初めてまとまった作品がオルセー美術館から海外に出たということでした。「冷たい炎の画家」というキャッチフレーズに納得、確かに2面性があるということがわかって足を運んだかいがありました。

東京駅の周りだけの半日観光でした。十分に満足しました。

   

 


秋のしつらえーJ子さんの「人生を彩る」右脳紹介

2014年11月11日 | 右脳の働き

たまたま、画像が回転してしまって、ブログが読みにくい時期がありました。
少しずつ修正して再掲していますが、前回のブログ「夫と死別して半年、小ボケになったおばあさん―認知症の初期症状」は8月に投稿したものでした。そのため、使った写真が夏そのもの。J子さんの御宅で撮らせていただいた「夏のしつらえ」でした。

もちろん現在は「秋」に変わってます。小さな秋が玄関でお出迎えしてくれました。
敷物もよく見ると、秋の風景。おしゃれな手ぬぐいですね。

こんなに細やかな心遣いをするJ子さんの感性から言えば、季節感に合わないしつらえは、たとえブログ記事であっても「うまく言葉では言えないけど何だか落ち着かない」つまりは右脳が納得できなかったはずです。

ごめんなさい。変な時に「夏のしつらえ」をご紹介してしまったので、名誉回復させていただきます。今日伺って撮らせていただいた写真です。
居間の棚は、屋台もあって、どちらかというと食べ物系ですね。

いつも楽しいトイレ。タンクの上もおとぎ話の世界です。

棚には案山子が。

さて、ティータイムを楽しむテーブルの上にはかわいいものたちがいっぱい。
動物でも顔があると、表情を読み取ろうとしなくても、表情の意味がわかってしまいますね。

「そんな当たり前のこと」と思わないでください。
私たちの右脳が、十分に働いているからなのです。
右脳がうまく働ない時に「相貌失認」という劇的な、というか普通には考えることすら難しい症状が出てきます。軽んじがられ易い右脳の働きですが、働かなくなるとその役割に驚かされます。
「右脳が壊れるということー相貌失認」として3回続けて書いてありますから、興味がある方はお読みください。

表情がなくても、この3枚の写真は「ウサギ」
相貌失認の症状が重い人は、ウサギとゾウの区別もつきません!

J子さんは、人生を実に楽しげに生きています。右脳が豊かな方です。
動物大好き。近所の方々対象の絵手紙教室の世話人。混声コーラスのソプラノメンバー。小学生の英語体験教室の先生。コーラスの会の会計・自治会の役員(おっと、これらは左脳もがんばってるはずですね)

ベターハーフの作品。私は今日初対面でした。生活を楽しんでいらっしゃいますねえ!

まったく。
論理的な情報を処理する左脳は「人生を深める」
感性的な情報を処理する右脳は「人生を彩る」


夫と死別して半年、小ボケになったおばあさん―認知症の初期症状

2014年11月10日 | 正常から認知症への移り変わり

写真の向きが直せましたので8/13分を再掲します。

今日の写真は、いつも季節のかわいいしつらえを楽しませてくれる J子さん宅の夏姿。
名残のアジサイ。

久しぶりに年若い友人姉妹に会いました。(姉は独立して別居、妹は母親と同居)
私「お父さんが亡くなられて、半年ね。お母さんはお元気?」

姉「ありがとうございます。元気にやってくれてます」

私「そう。それはよかった。半年たてばそろそろ元気になってきてもいいわね。悲しみはまだまだ続くでしょうけどね」

姉「妹のお弁当を作って、あとなにやかや家の用事が結構ありますから」

妹「毎日のことで、ちょっと悪いなと思うんですけど、用事があるのもいいと思って」


「これはちょっと怪しいゾ」と私のアンテナがぴんと立ち始めました。
決まりきったことをやっているだけなら、夫という大きな存在がなくなった以上、心を込めてやることは減っていってるに違いありません。

お仏壇をお相手に、泣いたり話しかけたりはあったでしょうけど。
49日までは、毎週なにやかやとお坊さんやお客さんが見えたでしょうけど。

役所関係の用事もあったかもしれません。
でも、そろそろ一段落したはず。

それなのに、新しいこと(楽しみごと)が入り込んでいない生活は 、ほとんどナイナイ尽くしの生活に近いはずです。
たとえ家事をやっていても、それはほとんど上の空でもできるようなことばかり…

私「しつこいようだけど。それでもなんだか気になるようなことはないの?」

妹「ちょっと物忘れというか…」

私「年を取れば物忘れは誰にでもあるけど。
具体的にどういうことが起きたの?」

妹「なんだか同じことを何回も言うんです。例えば、朝出勤前に言ったことを帰ったらまた言うし、夕食のときもまた言います。その時ほんとに初めてっていう顔をしてるんです。そこが気になってました」

私「それから?」といいながら、まさに小ボケのオルゴールシンドローム!と私は小ボケに入ってきてることを確信しました。

妹「あの~。お鍋をよく焦がすんですけど、これもまずいことでしょうか?
姉とも話して、電磁調理器に変えたほうがいいかもと思ってました」

姉「電話で話すときなんかは普通です。前とおんなじ」

私「前と違ってるなあと思うところを聞きたいのよ」

姉「お金に関して、前の母のようじゃないんですけど…。
例えば以前は必要なものは必要というタイプで、気前がよくお金に細かくなかったと思うのですが、なんだか細かくなってきてる、ケチになってきてると感じたことが何度かありました。

そういう時に説明してあげてると、いかにもめんどくさそうにしていますねえ。

かと思うと、突然びっくりするようなことを言って驚かされたりしました」

私「びっくりしたって?」

姉「通帳を見ながら『電気、ガス、水道代なんかをお父さんが払ってくれていたのね。結構たくさん』って言ったんですが、これって変でしょ?当たり前ですもの。

妹のフォーマルウエアを買う話の時も変でした。
『フォーマルウエアは高いよね。買わなきゃダメ?』っていかにも援助させられたら大変!みたいにいうんです。
『どうせならしっかりしたものを買っておくべきよ。手伝ってあげるから』って以前の母なら言ったと思うんですけど。
私が買ってあげるからというと、ケロッと自分に関係ないのならどうでもいいみたいな感じに話が終わってしまったんです」

妹「そういえば、この間お坊さんが来てくださってお経をあげていただいてた時、ちょっと遅れてお母さんがテレビのリモコン持って仏間に入ってきたでしょう。

後で聞いたら急ぎの電話があったって。
リモコンと電話機を間違えることも変だけど、どうしてお経が始まってるお部屋で電話をかけようと思うのか…考えてみたら、あれも変ですよね。

自分でも苦笑いしてたし、もちろんその場で電話をかけたわけじゃないんですけど」

妹「この前、コーヒーを入れてくれたんだけど、ふと見てみたらお塩を入れてたんです。

『お母さん!』って言ったら、ハッとしたみたいになって、笑いながら
『あれ、あれ、ボーとしちゃって』って言いながら入れなおして、いつものコーヒーが出てきました。

あの時もちょっと変だと思ったけど、普通に入れなおしてくれたし、まあまあと思ってましたが、考えたらボーとしてることが多いようにも思います。

夜テレビ見ながらいねむってるのは以前からだし…ただ、昼間は私は会社で見ていないから…でも、居眠りはしてるでしょうね」


今、私は姉妹が語る小ボケの症状を列挙しました。(全部相当します)

本当は、きちんと脳機能検査をしてどの程度、前頭葉機能の老化加速が起きているかを測らなくてはいけないのですが、このブログを読んでくださってる方にこういうところに目を付けてほしいと思って書いています。

夫と死別して半年。
イキイキとした生活を取り戻せていたら、日々に楽しみごとがはっきりあるような生活なら、それでOK!

この姉妹のお母さんのように、はっきりと生きがいというものを持てていないなら、それだけで要注意!

脳が老化の加速を起こすような状況(することがない、体調不良、寂しい状況など)が生まれてきたときには、本人も周りの人も十分に気を付けてあげなくてはいけません。

講演の時
「配偶者との死別が脳の老化を早めることはよく耳にしますが、半年たって元気なのは?」と尋ねると全国どこでも「おばあさん!」と異口同音に答えてくれます。

でも、今回のようなこともあるのです。

私「ご両親は仲良しだったでしょ?」

姉「そうですね。
最近は父が出かけるときにはだいたい母は付いて行ってましたし、食事なども気を配っていたと思います。

そしてそれを自分の楽しみにしていた みたいでした。

父は口うるさいところもありましたが優しかったし、母はそういう父が好きだったと思います」

こういう夫婦関係の時、残された妻は要注意ですよ(笑)

さて脳リハビリは、姉妹が
「もう少し相手をしなくっちゃ。
お父さんと二人のときみたいな時間がいるのよね。週末の買い物やドライブとか考えようね。

9月に隣組の旅行があるから、ぜったい勧めてあげて参加してもらおう。おしゃれもさせてあげてね。

手芸が好きだったけど、参加できるサークルとかないかしら?

そうだ歩くこともいいのよね」と自学自習していました。

その通り!小ボケからカムバックさせるのは、このような生活改善だけということを肝に銘じてがんばりましょう。

   

 

 

 

 


みんなの前頭葉全開!私のハッピーバースデー

2014年11月07日 | 私の右脳ライフ

11月4日は誕生日でした。
いただいたカードやメッセージからも十人十色の前頭葉を感じました。「みんなちがってみんないい」と言ったのは、金子みすずでしたね。

まずはシンプルバージョン。
「お誕生日おめでとう。後で電話するね」というメールは早朝に入っていました。

英文でドッキリ、写真でホッコリのメールも。
Best wishes to you on your birthday! Hope this year brings you a lot of happiness and good health.


11月4日の誕生花サフランを撮影してくださった自作カードです。
「その人の誕生花を調べて、その花を撮影し、メッセージを書き添えたカードを作って贈ること」が趣味(のひとつつ!)のA棚さんがくださいました。なんという努力でしょうか!


携帯メール。本当に67本!「ろうそくの絵文字は3本組ですから最後の1本はアルファベットのiを使ってます」というコメントにも笑ってしまいました。ろうそくの絵文字を思いつくのも、足りない数を工夫するのも、前頭葉ですよね?

みなさん、ありがとうございました。

カードではありませんが、生まれた年に作られたワイン!というオシャレなプレゼントもありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友人と会食。大人の誕生会!

友人たちと一緒の秋の旅行を兼ねていたので、この会の幹事役は私。
他人のことなら、ちょっと強引に頼むこともできるのですが、何しろ自分のことですからためらっていました。
「誕生日の人がいるのです。何かサプライズはありますか?」とおずおずと電話を入れてみたのは前日のことでした。
「承りました」の返事が。

その結果報告です。
ろうそく付の特別製のかわいいデザートプレート。

そのお皿を、会食の最後になって捧げ持ってきてくれました。そしてスタッフ全員による♪♪ハッピーバースディも。
レストランスタッフの前頭葉全開です。
もちろん私たちも一緒に歌って、盛り上がりました。
「あの電話をかけてよかったなあ、みんな楽しかったもの。決断がよかった。Good job!」と、私の前頭葉を小さくほめました。

翌朝も、どなたからか素晴らしい青空の Big presentをいただきました。いい誕生日をありがとうございました。

 


右脳障害の例

2014年11月04日 | 右脳の働き

写真の向きが直せましたので再掲します。10月29日掲載分は空っぽでした…再々掲です。

「普通の認知症でないことがよくわかりました!」
喜んでいる保健師さんの顔が目に浮かぶような、質問がありました。

 

MMSは計算でのまちがいがあったものの 、想起は満点で29/30という高得点。

このようにMMS(脳の後半領域の機能検査)に合格して前頭葉機能テストが不合格になるのが、私たちの言う小ボケ=もっとも早い段階の認知症ですから、当然丁寧に前頭葉テストは実施されていました。

立方体の模写は、できません。
動物名想起もやや低下傾向があります。
かなひろいテストは、〇の数は21なのですが、内容把握ができていませんでした。

前頭葉テストは、全般的に低下傾向にありますが、大きく低下してしまっている状態ではありません。

以上が脳機能テストの結果でした。正常下限から小ボケの入り口といったところです。

ところが、生活実態がちょっと違います。

本人評価によれば、小ボケ相当ですから、一応、脳機能テスト結果=生活実態になるのですが、妻の評価が違うのです。
もちろん小ボケレベルの症状には、10個のうち8個に〇が付いています。

その上に、中ボケレベルの
1.身だしなみにむとんちゃく
2.家事に支障が出る
3.服薬管理ができない
4.物のしまい場所を忘れる

大ボケレベルの
5.汚れた下着をそのまま着る
6.服を一人では正しく着られない
までに〇が付いているのです。

一般的には、脳機能検査結果に比べて、生活実態が悪い時には、精神的なものを考えますが、よく見てください。
生活実態が悪くなっている具体的な内容は、形が分からないのではないか?と疑えば説明がつく症状がほとんどです。
1.5.6からは着衣失行が見えてきませんか?
3.は丸薬とカプセル薬の形がわからないのではないか?と気づくべきです。
4.は形の認識が難しいと、整理整頓ができません。その結果見つからないということも配慮する必要があります。

右脳障害を強く疑わなくてはいけないケースです。
アルツハイマー型認知症が進行するスピードは 」に目を通してみてください。

 
妻の訴えをよく聞いてみると
・2月ごろ、シャツを4~5枚着る。それを注意したら、
・シャツを脱いで、背広の上へ着替える
・パンツがはけない(足のところがウエストに来る)

・入浴後にまた服を着てしまう
まさに着衣失行!

さらには
・物のしまい場所が分からない
・朝食後の薬を飲み間違える(まさに、丸薬とカプセル薬の差異がわからないということでした)
・飲み物をコーヒーの空き瓶に入れて、ジャムのふたを閉めそのあたり中水浸し。

このような訴えも、右脳障害により、ものの形の認識がうまくいかないと考えたら、納得できるでしょう?

ここ2~3か月、このような症状が頻発していたそうです。
それにプラスして、いくら注意しても
「特別、ボクは何も困りません」という反応が返ってくると、妻がいらだったり、怒ってしまったりも納得できます。
実はこれもまた右脳障害後遺症。病識がないのです。

その他の情報は
50歳のころに脳梗塞発症。左半身まひ(右脳の障害ですね!)があったが、現在はほぼ全快。

最近、精神科受診して「MRIには異常がない。記憶が曇ることがあるが、認知症ではない」と言われています。ホントウ?(この記事の最初の投稿は9月中旬でした)

このケースは、とにかく今、右脳に故障が起きようとしています。
MRIが正常ということは、脳梗塞や脳出血は起きてないのですが(器質正常)、働きがうまく行ってないのです(機能低下)。

ということは、血流の低下が起きているということになります。
脳外科受診が必要。そこからあとはDr.の分野ということになります。

追加:こういう状態が継続していますから、老化の加速は起き始めてます。つまり小ボケはあるのです。

   


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