袁先生は江西農業大学南昌商学院の副院長(つまり副学長)だが、
全く偉そうでない(これは中国においては普通ではない)。
偉そうでないばかりでなく、私のような一介の(しかも他大学の)日本語教師を
「日本に帰る前にいらっしゃい」とお招きくださった。
今日、江財大の陶先生の車で、科技師範大の八木先生とともに
農大構内のお宅に伺った。
副学長だというのに日本語教師の森本先生と同じビルの宿舎に住んでいる。
(本宅は上海にあるという)。
と言うことは、日本人教師の森本先生は、副学長並みの待遇?
イヤイヤ、そうではありません。
部屋の様子は、
入り口を開けるとすぐにダイニング、その奥に居間と寝室があり、
いずれの部屋も私の住む江財大外国人教師の部屋に比べて、
非常にこじんまりとしている。
「財経大学は特別だ」と、
どこの大学の人からもこの言葉が返ってくるが、納得。
確かに我が宿舎は他の大学に比べて広い。
しかし!その分、掃除がメチャ大変なのだ。
まあ、私の部屋のことなどどうでもいい。
袁先生は、日本の東京大学大学院を卒業されたそうだが、
日本での生活中、たこ焼き屋、お好み焼き屋などでアルバイトを続けたという。
見事な手さばきでお好み焼きを作ってくださった。
大阪風というより広島風に近いかな。
いや、お好み焼きに留まらずご馳走の数々がまことに手際よく、
決して広くない台所と決して大きくない立方体の冷蔵庫を駆使して、
チャッチャ、チャッチャとテーブルに並べられるのである。
↓鉄板の上等焼肉。
↓もち米と緑豆に金木犀の乾燥花+ミントの冷たいスープ。
↓酒かすに漬けた豆腐と鶏肉をどうにかしたもの(詳細は忘れました)。
↓「ピンクの恋人」だったかな?おいしいカクテル。
↓グラスとホルダーがかっこいい。
↓陶先生用のキャラメル・マッキャート。
↓バナナと餡子のデザート。
他にもクッキー、コーヒー等々、
全て先生の手料理である。
(凄い、凄すぎる。クルクル←舌を巻く音)
私なら、あんな狭い台所であんな手品のような料理はようせんわ。
いや、実は広くても・・・
もてなす時はとことんやるという袁先生のスタイルは、
中国の多くのおうちのスタイルなのだろう。
過去の御呼ばれを振り返り、そう確信した。
それでも、男性でここまで拘りのおもてなしを
してくださった方は、中国では初めてである。
食後、こじんまりした居間で二胡に似た京胡、板胡、
そしてチェロの演奏を拝聴した(もちろん袁先生御自身の演奏)。
学校で習ったのではなく、
文化大革命当時、15歳の袁先生は
革命宣伝の音楽隊の人から教わったという。
現在、袁先生は64歳。
ということは1949年か1950年生まれだ。
う~む。
うっかりして、日本に留学するきっかけとか聞かなかったのが
悔やまれる。日本に帰るまでに聞くチャンスはないかなあ。