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英国の美術館が無料なわけ




ロンドンの主要な美術館・博物館は特別展を除いてほとんどすべてが無料だ。

以下、公立、私立関係なしに

ナショナル・ギャラリー
ナショナル・ポートレイト・ギャラリー

大英博物館
ヴィクトリア・アルバート博物館

テイト・モダン
テイト・ブリテン

サー・ジョン・ソーンズ博物館
ウォレス・コレクション

ギルドホール・ギャラリー
サーチ・ギャラリー 
(わたしはこの辺までを定期的にぐるぐる回遊)

ロンドン博物館
自然史博物館
科学博物館
(以上は娘が小さい頃夢中でよく訪れた)

他には大英図書館、戦争博物館が複数、海洋博物館も。

思いつく限りでは、印象派のコレクションが充実しているコートルード・ギャラリーは有料、ロイヤル・アカデミーは少々特殊。


英国の美術館や博物館が無料なことに関して、そういう施設をわたしが3度の飯より好むために誰よりも恩恵にあずかっているせいもあり、2011年にこちらに引っ越して来た当時、有料無料の是非が議論されてる記事を結構読んだ。

英国が美術館・博物館の逼迫した財政事情にかかわらず、現在、無料を貫いているのにはいくつか理由がある。

-政治的な理由
-啓蒙主義的な理由
-税金などの理由
-「人類の共通遺産」というジェスチャーを貫かなければならない理由
-その他


労働党政権下で無料化されたのは周知の通りだが、保守党下でも実はずっと無料だった。

無料化と不景気で経営が苦しくなったため、80年代に有料化されたものの、入場者数が激しく落ち込み、その影響で周囲の小売店の売り上げが暴落し、観光客自体が激減し、福利厚生の向上という名目で、たしか2001年から再び無料化された。

博物館の有料・無料政策が「風が吹いたら桶屋が儲かる」的なチェーン現象を起こすのだなと驚いたのを覚えている。


一方、無料下では、職員の待遇、コレクションの保存・保管、研究・開発、購入、セキュリティなどにかかる経費が圧迫されるのが気になる。

また、
-民業圧迫、つまり有料博物館が損をするのではという点で不公平
-教育のための美術館が無料なのに例えば劇場やプールが有料なのはおかしい

-教育・啓蒙の機会均等を維持するべき。文化財をエリートの占有にすべきではない
-反対に、美術館に来る階層は絶対的に限られているため、どうせ福利厚生にはならない(美術館に来館する層というのは無料であろうが有料であろうが来館し、しない層は無料であろうが常に無縁であるという理屈)

など、立場によってさまざまな主張があるようだ。


わたしがおもしろいなと思ったのは、ロイヤル・アカデミーのレクチャーで聞いた話だ。わたしの検索の範囲だが、なぜかBBCもクオリティ・ペーパーの記事もこれを取り上げているのを見たことがない。

21世紀の初めに欧米の大規模な美術館・博物館が、エジプトやギリシャなどから文化財返還を盛んに迫られた結果「ユニバーサル・ミュージアム」として出した宣言がある(Declaration of the importance and value of universal museumで検索)。

当時、ナショナリズムの高揚とともに、エジプトやギリシャなど古代文明を誇る国々が、欧州諸国に収奪された文化財を返還するよう迫ったのを覚えておられる方は多いだろう。

マジョリティは、エジプトやギリシャのアイデンティティとナショナリズム高揚に共感し、欧州が過去、好き勝手に文化財をやりとりしたことに不快を感じた。
しかし「エジプトもギリシャも財政赤字下でどうやって返還された文化財を保管して維持するつもりなのか? 現地の博物館、廊下にまで未整理の展示品が転がってるやん...」とも感じたと思う(違う?・笑)


簡単に言うとこの宣言は

「略奪した文化財は悪いけど返還しないよ! 欧米の美術館や博物館の収蔵品は人類の共通遺産だから! みんなで大切に保管して、多くの人に見てもらおうよ!」

というものだ。

で、これを大義名分化にするためには、これら文化財を展示するハコの入場を無料にしておかなければならないのだ、という理屈。
おお、さすが2枚舌外交上手!


無料化存続の背景は絶対に一つだけではないだろう。特に収奪品を展示してあるわけでもない美術館が無料なことの説明にもならない。
背景がなんであれ、入場無料は来館者にはありがたい。

しかし現役の学芸員にこのままでは施設全体の質が落ちると聞くと焦る。
だからこそというべきか、ロンドンの博物館の有料の特別展はレベルが高い。いいものを作り一定の収入を確保するという意気込みがすごい。何より常にあれだけの作品をあちこちから借りてくる政治力がすごい。

資金調達方法で頭一つ出ているのはサーチ・ギャラリーか。ここはハイブランド(エルメスやアストン・マーチンなど)を常にうまくスポンサーに使っている。


わたしは英国に来てから文化面ではものすごい恩恵に預かっているので、選挙権もないのだが、外国人でも「人類共通の遺産」には超超超微力でも何か役に立てる、立ちたいと思っている。単にしょっちゅう訪問して小銭を落としてくるだけですが。
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