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Brugge Style
キーシンと音楽の都
先月1月は夫からのサプライズでウィーンへ飛び、Martha Argerichのピアノ三重奏をウィーンのコンツエルト・ハウスで鑑賞した。
その時、美しき音楽の都の街角で見てしまった...
友人が東京で年末に観覧したというEvgeny Kissinの同プログラムのリサイタルの広告を...
夫に、「今年のヴァレンタインのプレゼントはこれでお願いします」とゴリ押し、その足でMusikverein楽友協会のチケット販売所へ向かった。
販売開始から結構な日数経っていたにもかかわらず、かなりよい席が確保できた。
「黄金のホール」という愛称で親しまれている楽友協会大ホール(Großer Musikvereinssaal グローサー・ムジークフェラインスザール)、こちらで観覧するのは、新型コロナ禍の影響で、2019年以来だ。
泣く子も黙る音響の豪華さ。毎回、度肝をぬかれる。
今後はもう、なじみ深いロンドンのバービカンやロイヤル・フェスティバルホールでは聞けないよ...と毎回思う。
この音響設備の中で演奏すれば、自分で自分の演奏に酔ってしまうのではないだろうか。いや、プロは自分の音に酔ったりしないのかもしれない。俳優が自分の演技に酔ったとたん、大根になってしまうように。
キーシン氏はやはり見事だった。特に後半とアンコールは全部。
会場の音響に負けないスタミナはさすがである。
巨匠(もう巨匠と呼んでいいよね?)をして、この会場で演奏したら相当気持ちがいいのではないか。
最後まで観客は総立ちで、土間のきしむ座席が崩壊しそうだった。
プログラムの中のわたしの好みはベートヴェンのピアノソナタ31番だ。ベートヴェンのどれも好きなソナタの中でも一番好き。
脱構築と再構築の間の、削ぎ落とされたようなシンプルな美の動き、鏡のように映るテーマ、最後はすべてがひとつになり、飛行機のように大きな鳥が滑走して飛ぶようだ。
わたしはキーシンの子供のような美しい率直さと老熟さの同居が好きだ。コミュニケーションの根本的な不可能さ(の暗示?)も。
が、正直、トッカータとフーガはグロテスクさがどうなのかと思ったし、モーツアルトのアダージョは多少不発な感じだった(アンコールのロンドはすばらしかった!)。
まあわたしのようなものに何が分かるのかというのもありますよ、当然。
一方、後半のマズルカ(後になればなるほどよかった)とアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズは、ウィーンの19世紀の絶頂期と、それがもう過日の華であり、今はもうその乱舞の残影しかない。すべては栄え、そして滅びる運命にある、というところまで感じてしまった。
わたしは心の中で踊って...いや、踊らされていた。
このホールで踊ったらさぞ素敵でしょうなあ!
プログラムはウィーンに去来した天才礼賛にふさわしい(ドイツ語プログラムより)。
Johann Sebastian Bach
Toccata und Fuge d-Moll, BWV 565(Carl Tausig)
Wolfgang Amadeus Mozart
Adagio für Klavier h-Moll, KV 540
Ludwig van Beethoven
Sonate für Klavier As-Dur, op. 110
— Pause —
Frédéric Chopin
Mazurka für Klavier B-Dur, op. 7/1
Mazurka für Klavier g-Moll, op. 24/1
Mazurka für Klavier C-Dur, op. 24/2
Mazurka für Klavier c-Moll, op. 30/1
Mazurka für Klavier h-Moll, op. 30/2
Mazurka für Klavier D-Dur, op. 33/3
Mazurka für Klavier h-Moll, op. 33/4
Andante spianato et Grande Polonaise für Klavier Es-Dur, op. 22
アンコールはどれもとてもよかった(以下わたしの間違いがなければの記録。アンコールの方に興味があるとおっしゃったAさんに捧ぐ)。
モーツアルトのロンド、ほとんど諧謔のような繰り返しがすばらしかった。
J.S. Bach
Nun komm, der Heiden Heiland, BWV. 659 (Busoni)
Mozart
Rondo in D Major, K. 485
Chopin
Scherzo No. 2 in B-flat minor, Op. 31
Waltz No.10 in B minor, Op. 69, No. 2
ホテルに戻ったら、コロナ禍でずっと営業していなかったザッハー内のバア「青のバア」が「今夜、たった30分前に再営業を始めたばかりです!」と迎えてくれた。音楽はかかっていなかった。ボランジェのロゼなんかを、断酒中にもかかわらず飲んじまった。
ああ、今年は、ピアノ室のパイナップル・ダマスクの壁紙を引き剥がして壁を青のバアと同じ色に塗ろう...そして自分の書斎で使っている紺色のベルベットのソファーを移動させよう...
ウィーンは人を酔わせて踊らせる「人たらし」な街である。
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