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真珠の耳飾り




昨日の続き...のようなもの。

アムステルダムのRijks Museumで開催中の『フェルメール展』には、現存している35点のフェルメール作品のうち28点が集結していたが、1点のみ3月末をもって所蔵美術館にお帰りになった。

それがこの『真珠の耳飾りの少女』。デン・ハーグのマウリッツハイス美術館蔵。

マウリッツハイス美術館では何度も見ているものの、昨日の展覧会の後で続けてどうしても見たかった! 
で、ブルージュへ帰省する前にもう一度デン・ハーグに立ち寄った次第。


この少女は誰なのか? この表情はどういう感情を表しているのか? なぜこんな服装(オリエント風のターバン)をしているのか? 

昨日も書いたことだが、フェルメールの絵が魅力的なのは、意味が剥奪されているからだろう。

意味がわからない絵は、永遠にオープン、つまり永遠に開放状態に、未決状態に、宙吊りに置かれている。だから、今も新たに意味が形成されつつ、生命が与えられつつある。
この絵の意味は? 解釈は? という問いに対して、一意的で最終的な「解」を与えることを拒み、与えてはならない、と言っているような感じがするのである。




今日の空もフェルメール・ブルー、アフガニスタン産のラピスラズリ、当時は黄金よりも高価だったという、色。

しかし、空の色に、意味はない。
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