資格の研究家としては100円で買えるこの本は入手してしかるべきである。
ダイエー小平店にある書店で購入したところ、99円だった!ワンコインでおつりがくる本である。無論、学校や通教の宣伝だらけなので、無料でもよいと思うのだが・・・
読み進む中で、P.50~「鈴木さん」を発見しました!「資格取得の達人」で「160種195個」の資格を取得され、益々、ご発展のこと、お慶び申し上げます。
まもなく、私を追い越していかれるのね・・・やっぱ、若手が頑張らないと、資格社会の到来はおぼつかない(笑)
資格社会を無条件で賞賛しているわけじゃないが、資格以外で評価体系に乗るものがあれば教えて欲しい・・・というのが私の持論である。
「全ての社会人よ、大学へ戻れ!」っていうもの、かなり重い話で現実味がない。また、全ての社会人が学会に所属し、論文を毎年出すというもの・・・ちょっと、ムリだよな~
概ね、ホワイトカラーは期初に目標を計画するのが成果主義社会のパターンである。なら、その目標における能力開発項目に「資格」をひとつ入れてみては・・・とういうのが、私の資格の活用方法である。
仕事の成果というのを尺度や評価に活用するのも、無論、一定の効果はあるが、恵まれた顧客基盤を担当したから実績が上がったかもしれないし、会社の看板で実績が上がったのかもしれない。上司のサポートやチームの力等々、そういった、個人の能力に属さない「偶発的成果」を、個人の評価からどのように排除していくか?
そのような調整が困難だからこそ、請われて転職したのに「期待はずれ」のレッテルを貼られ1年程度で退職を余儀なくされる。他者の成果まで、自分の成果としてゴッチャにすると、転職しやすくなるが、すぐに化けの皮ははがれてしまう。
その点、資格は個人の実力に全て従属する。ここでいう資格は「職業資格(一般の資格)」と「教育資格(学位や履修証明)」を含む。自分の力以外の他者の力で資格を代理で取得することはできない。そういう意味で、資格は非常に公正である。
そりゃ、資格があるからといって営業成績がバリバリ上がる保証はない。ただ、その資格が関連する分野の能力が一定レベル以上あることに過ぎない。
ただ、その資格を取得するために努力したことだけは、明らかなる事実として存在するのである。(1000字)
ダイエー小平店にある書店で購入したところ、99円だった!ワンコインでおつりがくる本である。無論、学校や通教の宣伝だらけなので、無料でもよいと思うのだが・・・
読み進む中で、P.50~「鈴木さん」を発見しました!「資格取得の達人」で「160種195個」の資格を取得され、益々、ご発展のこと、お慶び申し上げます。
まもなく、私を追い越していかれるのね・・・やっぱ、若手が頑張らないと、資格社会の到来はおぼつかない(笑)
資格社会を無条件で賞賛しているわけじゃないが、資格以外で評価体系に乗るものがあれば教えて欲しい・・・というのが私の持論である。
「全ての社会人よ、大学へ戻れ!」っていうもの、かなり重い話で現実味がない。また、全ての社会人が学会に所属し、論文を毎年出すというもの・・・ちょっと、ムリだよな~
概ね、ホワイトカラーは期初に目標を計画するのが成果主義社会のパターンである。なら、その目標における能力開発項目に「資格」をひとつ入れてみては・・・とういうのが、私の資格の活用方法である。
仕事の成果というのを尺度や評価に活用するのも、無論、一定の効果はあるが、恵まれた顧客基盤を担当したから実績が上がったかもしれないし、会社の看板で実績が上がったのかもしれない。上司のサポートやチームの力等々、そういった、個人の能力に属さない「偶発的成果」を、個人の評価からどのように排除していくか?
そのような調整が困難だからこそ、請われて転職したのに「期待はずれ」のレッテルを貼られ1年程度で退職を余儀なくされる。他者の成果まで、自分の成果としてゴッチャにすると、転職しやすくなるが、すぐに化けの皮ははがれてしまう。
その点、資格は個人の実力に全て従属する。ここでいう資格は「職業資格(一般の資格)」と「教育資格(学位や履修証明)」を含む。自分の力以外の他者の力で資格を代理で取得することはできない。そういう意味で、資格は非常に公正である。
そりゃ、資格があるからといって営業成績がバリバリ上がる保証はない。ただ、その資格が関連する分野の能力が一定レベル以上あることに過ぎない。
ただ、その資格を取得するために努力したことだけは、明らかなる事実として存在するのである。(1000字)