カラダよろこぶろぐ

山の記録と日々の話

イーハトーヴの山歩き 【1本のトレイルの終わりへ】

2009-10-05 | ヤマのこと

1日目
2日目・その1 2日目・その2
3日目

4:30起床時刻。
寝る前に痛かった箇所が治っていなかったら今日はもう歩くのをやめよう・・・
と思っていたが、なんと、目が覚めたら痛みはほぼ和らいでいた。
やはりこの温泉の地熱のおかげか。すごい。

空はどんよりしていたがまだ雨は降っていなかった。
最終日、どうするか相談の結果、最初の予定通りゴールを目指すことにした。



朝、顔を洗っていると、「ねーちゃんはどこからきた」
とちょっと怖そうな面持ちのおやじさんが声をかけてた。

「と、東京からです」
「秋刀魚、食わねえか?昨日水揚げされたばかりなんじゃ」
「残念ですがもう今日は行かないとならないので・・・秋刀魚はどちらの港から?」
「宮古だよ」
「え?宮古?」
いつもダンナの実家に帰省する時に必ず通る町、そしておやじさんも宮古の方だと言うので嬉しくなった。

しばらく話をし、そして支度をして今日は早めの出発、6:00。
盛岡のお母さんも「もういってしまうの」と声をかけてくれた。



登山道が見当たらなくて、駐車場の辺りをウロウロしていたら、
さっきの宮古のオヤジさんがやってきて、
「ここを下っていけば後生掛温泉に出る。車道を歩くよりずっと早い。
出たら温泉の脇を上がって行くように登山道があるからね。
そのかわりこの道は熊が出る、十分気をつけていくんだよ、絶対気をつけてな」

怖そうな面持ちとは裏腹に、とても優しいおやじさん。
この地の人はなぜみんなこんなにも人が好いんだ。
お別れするのが辛くなるじゃない。


 
登山口に取り付いたとたんもう小雨がぱらついてきた。
熊に我らが歩いていることを知ってもらおうと、ラジオを最大音量で鳴らし、
大声で話しながら緩やかに歩くと、湯気が見えてきた。


後生掛温泉の脇に出た。
こちらは有名な温泉らしく、立派な旅館と広い駐車場に車が一杯だった。

 
ちょっと迷いながらも、宮古のおやじさんの言うとおり温泉の建物の方へ行って見ると、
宿の廊下?のドアの上に「登山道」という文字としめ縄。扉を開けると・・・


【7:00】「焼山登山口」が現れた。さあ、今回の旅最後の登りだ。


最初は緩く登って行くが、だんだん岩が増えてくる。
それでもここはハイキングコースというだけあって、途中木道があったりで歩きやすい。


【8:05】国見台到着。眺めが良いらしいが何も見えない・・・


 
エアリアの地図で見ると次の「毛せん峠」までわけない感じだったが、
歩き始めるとやけに遠い。約30分かかって到着。
多分展望が良いらしいが強い風と雨で、稜線らしきところではからだをかがめるほどの時もあった。
こんな時は、
「大深温泉から目的地までバスで行けば35分、歩いていけば5時間。
 こんな雨の日に、私は何の為にこんなことしているんだろう?」
と急に冷めた目で今の自分を考えたりするのだった。
実際この日、山では誰一人会わなかった。


 
強い風とガスで濡れてしまい、風をよけて休憩する場所もない。
避難小屋を求めて黙々と進み、見えた、まさに避難小屋に避難。

この「焼山山荘」避難小屋は雨戸?が閉まっていたようなのと、入り口にペンキの缶があったり、
補修作業中だったのだろうか?利用は出来そうだが。
でも風とガスをよけられたので助かった、行動食で元気を付けた。

 
山荘から少し登ると右手が「鬼ヶ城」ガスの向こうに奇岩のようなものがぼんやりと。


【9:30】小屋から20分ほどで「名残峠」
そこからすぐ左にぼんやり見える登山道のないところが「焼山山頂」らしかったが、
風と雨が強いのでもうここで十分、と「焼山」を後にした。
せっかく登ってきたけれど、ごめん、焼山の良いところを見れずに下山します。
天気が良かったら多分素敵な風景が広がっていたと思う、紅葉と共に。


なんだか火山のような(何も見えないので)白くザラザラとした歩きにくい箇所を越えると、
木々が増え樹林帯に、そして緩やかなブナの森へと景色は一転した。

 
ああ、そういえばスタートもブナの森に迎えられたっけ。



終わりもブナの森で迎えてくれるんだ。
秋田県のそれも、むせかえるほどの美しいブナの森だった。



濡れた木道や大岩で2回も転びながら、
前方に煙が見えてきたら・・・いよいよ旅の終わりが近づいてきた証。
しみじみと胸に込み上げてくるものがあった。



焼山登山口到着。くじけそうになったけど予定通り最後まで歩ききれた。



多くの火山のおかげで、多くの名湯が点在する十和田八幡平エリア。


橋を渡ると、本当の下界に着いた。



初めて訪れた「玉川温泉」
岩盤浴で湯治する方達の横を、全身ずぶ濡れ、靴は泥だらけの二人が通るが、
あまり嫌そうな顔をされないのが、この土地の人々の温かいところなのかな。


【11:11】ゴール。
全長(直線)約40km、4日間、私にとっての長い旅が終わりました。

ダンナの故郷である岩手の山、そして長く続く裏岩手縦走路というトレイルを、
いつか必ず歩いてみたかった、思いがかないました。

このトレイルでは宮沢賢治の童話を思い出し、
まるで自分が金色のぴかぴかした、赤いずぼんのどんぐりたちと一緒にわあわあ言っているような気になったり、
手拭いをかこんだ鹿踊りを見た嘉十の森の姿を、山の中に見たような気持ちになりました。
イーハトヴ童話の情景がふと浮かんでくる、想像通りに素敵であたたかな道でした。


親切にしてくれた山岳会の皆さん、辛い登りで声をかけ応援してくれた人々、
晴れ男だったパトロールのお父さん、
狭いスペースを開けてくれた明るい山ヤ達、いもっこ汁をくれたおかあさん、
熊が出るからと心配してくれた宮古のおやじさん、オンドル小屋の皆さん、
皆さんの優しさがあったから、この旅を完歩することができました。
ほんとうに感謝の気持ちで一杯です。

人に優しくしてもらうと、心が芯から温かくなる。持っている力が120%出せる。
わたしもこれから先出会う誰かが、温かな気持ちになれるように、
山で出会う全ての人に優しくしよう、声をかけよう、そう強く心に思ったのでした。



(今回歩いたトレイル・右下から左上へ)


ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、
ただそれっきりのところもあるでしょうが、
わたくしには、そのみわけがよくつきません。
なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、
そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、
おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、
どんなにねがうかわかりません。---宮沢賢治





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注:文中の方言は正しいものではありません。私の耳に残った記憶で書いています。

資料編へつづく。

イーハトーヴの山歩き 【八幡平へ】

2009-10-05 | ヤマのこと

1日目
2日目・その1 2日目・その2

夜中には星が綺麗だったらしいが、疲れて起きれなかったのと、
ロフトの2階に寝ていたので、階段を下りるのがおっくうでみんなが起きるまでじっとしていた。

この小屋も快適で、ご覧の通り新しくてとても綺麗。ストーブはなかったけれど、
1階に10人、2階には12人程度は寝れるくらいのスペースがあった。
泊まっていた方達はここでもまた物静かで、静かに淡々と支度をして出かけていった。
このエリアは静かな方が多いのだろうか?大声で騒いだり、我が物顔で振舞う人もいない。
私にとっては居心地の良い山だ。

 
今日は短い行程なのでゆっくり支度をし、私たちが最後となった。
小屋に置いてあったノートを見ると、地元の方が多いのだと思っていたら、
驚くことに私たちのように関東圏から来ている人が多かった。
そして年代層が若い。昨晩の宿泊者も20代~50代前半。
岩手山8合目避難小屋の地元の方、子供や年配の方が多かったのとは対照的だった。

最後となったので掃除をして出かけた。たった一晩だが心に残る小屋となった。


外に出ると、昨晩親切にしてくださったパーティがまだ支度中だった。
小屋の中から、朝出発していく人たちに「いってらっしゃい!」と清々しく見送る元気な声が聞こえていた。
沢登のパーティかな?・・・昨晩のお礼を言うと人懐っこい笑顔で、
「今日もよい山旅を!いってらっしゃい」と私たちも見送ってくれた。

【8:00】出発。


 

昨日の疲れが残っているせいか、なんだかふわふわとした足取りだった。
今日からは天気が下り坂らしい。空もどんよりしていた。
まずは山荘から約一時間、右下にオオシラビソの樹海と「鏡沼」が見えてきて、
40分ほどで「嶮岨森(けんそもり1448.2m」ピークなのに「森」という名がかわいい。


そこから次のピークを目指し10分ほど歩くとひときわ尖った岩が。



今日はじめてのすれ違う人。岩を振り返ったらちょっと高山の趣き。
ここの紅葉は赤が濃いような気がした。


この区間は昨日より更に緩やかな尾根が続く。

  
途中背の高さくらいのヤブに入ると、まだ青さが残る葉。

 
もうすっかり秋の装いの深紅の実など、楽しみながら歩いた。


前諸桧手前の池。ミツガシワがたくさん咲くらしい。


「嶮岨森」から一旦下がり、ちょっと登り返したら「前諸桧」
まだ「諸桧岳」じゃない、身体が重い。



途中の「石沼」の水は涸れていた。



どんよりした空にも徐々に明るくなり、
「石沼」から先は視界がぱあっと開け、草原のように広い所に出た。
右手のとんがりは畚岳。


草原を渡りきった先が「諸桧岳1516m」


振り返るとここもまた、伸びやかで気持ちのよい尾根だったんだね。
途中までは振り返るとずいぶん長く「大深山荘」が見えるくらいゆるやかだった。



そこから約1時間で畚岳の分岐に到着。
ここはもう八幡平に近いというのがすぐ解る、軽装のハイキングの人が急に増えた。



「畚岳(もっこだけ)1577.8m」ここからの眺めも素晴らしかった。
あの湯けむりがごうごうと立ち込めている場所・・・今日の目的地は多分あの辺。



山頂を後にすると、ほどなく車道が見えてきた。
なんだか少し寂しい気がした。


八幡平樹海ラインの脇が、今回の「裏岩手連峰縦走路」の終わり。
まずは最低目標だったここまで来れたことで二人、握手をした。

その後は車道を歩き、見覚えのある「八幡平山頂レストハウス」へ。
山から降りてきて急に人気の多いところに迷い込み、面食らう場違いな動物のような我ら。
観光客でごったがえしている中、とにかくお腹が空いてまっすぐに食堂へ。
ちょうど12時を廻ったところなので、食堂も大混雑。
それでもずっとドライフードばかりだったので、3日ぶりに食べた温かい天ぷらそばの美味しさに夢中になって食べた。

お腹が満たされ元気が出たが、張り詰めた糸が緩んだのか同時に疲れもどっと出て、
なんだかわたしの弱気の虫が顔を出した。

ここからは目指す場所までバスで移動でき、ずいぶん時間短縮できる。
早く到着すれば、それだけ早く休むことが出来る。
また、今夜泊まるところから、最終目的地までもバスで移動できる。
もし明日が朝から雨だったら、もうバスで移動したら・・・

ダンナに相談してみたけれど、答えはNO。
今日バスを使ったら明日は歩き、今日頑張ったら明日はバスでもいいよ。

・・・答えの出ないまま、八幡平へ向かって歩き出した。



さすがに大きなザックで歩いている人はいない。
でも昨年、雨とガスの中で来たこの八幡平。
天気が変わるとこうも違うのか?素晴らしい眺めに出会うことが出来た。



「岩手山」の左手にちょこんと頭を出しているのが憧れの「早池峰山」
ここ八幡平は紅葉にはまだ少し早いようだが、広々とした景色が広がっていた。




このかれくさはやはらかだ
もう極上のクツシヨンだ---宮沢賢治


 
八幡沼をぐるっと歩いて、「陵雲荘」についた。
この避難小屋も中にストーブがありりっぱだった。
この界隈の避難小屋は2005年前後から順次新しくなっているようで、
ここまで見てきたどの施設も素晴らしかった。
途中でであった大勢のパトロールの方達や、山の整備をされている職員の方、
小屋の管理をされている方々のおかげだろう。
岩手県の避難小屋はこんなにすごいんだぞ、と、私はただ利用させてもらうだけなのに、
ちょっと自慢したい気持ちになっていた。



ここは駐車場から近いので利用する人は少ないのかもしれないが、
テラスから沼と山を眺めながら静かな時間を過ごせる贅沢な小屋かもしれない。



ガスのない山頂で記念に撮ってもらった。


ここからは岩手山、早池峰山、岩木山、秋田駒ケ岳が見える。
いつか歩いてみたいマタギの山「森吉山」も頭だけ拝むことが出来た。

「八幡平」は今は観光地かもしれないが、今から30年ほど前にはまだ山深い不便な場所であっただろう。
それにピークだけを目指して来たのでは、この八幡平の良さは解らないはず、
とちょっといぢわるく思ったりもした。


 
【14:15】山頂標識から数歩戻ったところから、今日の目的地へと歩き出す。
CT1時間10分の緩やかな下りだが、疲れた足には大小の岩の道は歩きにくかった。


 
硫黄の臭いと共に、湯けむりが見えてきた。
昨年バスで通って、雨の煙る中荒涼とした雰囲気が「大地」を思わせるすごいところだな、と感じた場所だった。
やはりここだった。
「ふけの湯」のパーキングが見えたら、左に曲がり・・・


 
【15:40】今夜の宿「大深温泉」に到着。
5日前に電話をしたら、「連休だから混んでいるけど二人ならまだダイジョウブだぁよ」
と優しくて気のいいおやじさんが予約を受けてくれた。

受付に行くと電話に出てくれたご本人(オーナーさん)らしく、
「あ、東京の○○さんね。オンドル小屋は初めてかい?熱い部屋とぬるい部屋があるけどどっちがいい?」
と色々丁寧に説明し、案内してくれた。

寝泊りする小屋へ行く途中、湯治客ら5、6人が外で秋刀魚を焼いて楽しそうにおしゃべりの真っ最中だった。

「どこさか行ってきた?なーに、岩手山から?そりゃごくろうさんなこった。
ここの温泉はいいよぉ、ゆっくりあったまってくなんせ」

この人の温かさがたまらない。



オンドル小屋とは床下が温泉の地熱で温まっている上にござが引いてあり、
その上で湯治をする小屋、のことだ。

中央の土間が廊下になっていて、その両側に湯治客が寝転んでいる。
風呂敷包みやカゴなどに生活道具を入れ持ち込み、何日も湯治していくらしい。
ガラガラ、と開けて入った瞬間、子供だった昭和の時代にタイムスリップしたような感じがした。



案内された場所に荷物を置き、早速3日ぶりの温泉へ。
オンドル小屋から敷地内離れにある温泉はすばらしかった。
当たり前のようにどくどくと流れ入る源泉を、水で温度調節しながら入るが、
水のほうが少なく、かなり熱めのお湯だった。
これは効きそう・・・白濁した温泉の気持ちよさといったらなかった。

 
敷地内には温泉のお湯を自由に使って「温泉たまご」を作れるようなスペースが一つ。
外の小さな小屋は台所。水はざぶざぶ流れ、飲料用。小屋の外の流しは洗い物用。
台所では野菜や魚をスチロールケースなど利用して、自己責任で管理。
中央の水たまりの中に紐でぶら下げておくとビールもトマトも冷える、というシンプルなしくみ。
どれが誰のものだか、これもまた自己管理、互いの信頼関係で成り立っている。
でも昔ってこんな感じだったな。

湯上りに敷地内のベンチで心地よい風に吹かれながら飲むビールが美味しくて、
何度も受付までビールを買いに行ってしまった。

「いいお湯ですね、こんないいところがあるって知らなかった」
と言うと、
「そうだろー、いいんだ、ここは。だからビールも進むんだな・笑。 なあ、もう一晩泊まってお行きよ」
「本当にね。でも明日の新幹線の切符を取ってあるので行かなきゃならないんです」
「じゃあまた来月は?そうだよ来月おいでよ。いつもなら10月の2週までだけど今年は3週まで延ばすんだ。」
「あはは。毎月来るんじゃお金が大変、来年又来ますよ」
「ここはね、7月から10月までしか開いていないんだ。あとは雪の中。
 除雪車でがー、っとやればいいんだが我らだけではそんな金もない。
 アスピーテラインが除雪されるまではじっと我慢なんだよ」

と気のいいおやじさんが、ちょっと寂しげな顔で話してくれた。


小屋に戻ってご近所さんに今宵泊まることを挨拶し、夕飯の支度をしていると、
向かい側のおかあさんが、
「これ、いもっこ汁、一杯作っちゃったの、食べて」
とおわんで頂いた。温泉で茹でたと言う温泉卵も頂いた。

おかあさんの味がした。久しぶりの手料理が身体の隅まで染み渡った。

その後、横になっていたおとうさんも起きて来て、盛岡の市内に住んでいて、
年に一回は必ずここに来る、という話をした。
ダンナの実家の話をしたら、やはり離れていても同県内、よく知っているようで、
キノコの話や海の話で盛り上がった。

みんな温かな気持ちで助け合っているけれど、必要以上には干渉しない、
そんな距離感がとても心地よかった。

今日までの歩きでだいぶ疲れがたまっていて、腰も坐骨神経痛の辺りも傷むようになっていた私。
明日起きて雨だったら、バスで行こうよ。
と懲りずに又ダンナに言った。

本当は痛みよりこのオンドル小屋のあまりの心地よさに離れがたく、
朝もゆっくりと出発したい、という思いがあったから。



裸電球の温かな明かりの下、床下のぽかぽかがほどよく気持ちよく、
フリースをかけただけで、寝相の悪い私は右に左に大きく動きながら良く眠った。
3日ぶりにすやすやと眠った。

4日目へ

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【今日の行程】
大深山荘→嶮岨森→諸桧岳→畚岳→八幡平→大深温泉
行動時間:約7時間40分 移動距離:(直線)約12km