Mr.Dashのぶろぐ館

奈良・大阪・日本アルプスの山々が大好きな、Mr.Dashのブログです。

2022年4月20日(水) 神話と万葉の世界へ! 奈良・鳥見山と外鎌山へらくらくハイク!

2022年04月22日 | 山登りの記録
■メイン写真
押坂(忍坂)山口坐神社にある樹齢600年の大クス


■今回のコース
桜井駅→等彌神社→鳥見山→押坂(忍坂)山口坐神社→舒明天皇陵→外鎌山→大和朝倉駅


今月の「らくらく山歩の会」は、桜井市街の南にある鳥見山(とみやま)と
外鎌山(とかまやま)へのハイク。新緑が楽しみだ。



桜井駅を起点に、まずは等彌(とみ)神社へ。
等彌神社は神武天皇ゆかりの神社だ。大和征服に成功し、畝傍山あたりで初代天皇として
即位し、大嘗祭を鳥見山で実施したと言われる。
等彌神社の境内からは、熊野から神武の道案内をした八咫烏の土偶が発見されている。



境内のイロハモミジに花が咲いていた。小さいが、よく見ると綺麗だ。



鳥見山をめざす途中、珍しい形の樹を見つけた。
いったんは倒れた樹から、何本も新しい幹が出ていた。



万葉歌碑がある「庭殿」の小ピーク。このあとさらに「白庭」のピークを通る。



山頂に到着。もともとは神社は山頂にあったとされ「霊畤(れいじ)」と呼ばれる。
「霊畤」は、やまとことばでは「まつりのにわ」といい、大嘗祭を執り行う場所のこと。
日本の始まりに関わる神話が、この神社に眠っている。



この時期は美しい新緑が魅力だ。
コバノガマズミの花。



モチツツジも花いっぱい。



ヤマザクラ。今シーズン最後のお花見だろうか。



鳥見山から東へ下る山道には、標識はいっさいない。
ほぼ里に下りたころ、路傍にカンアオイ群落をみつけた。
キランソウやカキドオシなど、この季節ならではの"雑草"も元気に咲いていた。



赤尾集落の南端に下山。ハナズオウが迎えてくれた。



押坂山口坐神社には、桜井市天然記念物の「赤尾の大楠」がある。
樹齢は約600年、幹周り7. 92m、樹高は約30mという。

この巨樹は2代目だとのことで、初代は1397年(応永4年)、足利義満が金閣寺を建てる際、
天井板を一枚張りにするために供出したという。
そのあとに2代目を植えたから、樹齢約600年となる。



忍坂のバス停付近では、シロバナタンポポが咲いていた。



むむっ、イソヒヨドリかな?



国道を渡る。神籠石(ちご石)には、神武の大和征服の折、八十建(やそたける)との戦いの
ときに、この石に隠れて石垣をめぐらし、矢を持ち楯としたとの伝説がある。



ここから先は、万葉の世界。
東へ少し進むと、舒明天皇陵に着く。最初の遣唐使を送った帝だ。
墓は八角形の珍しいデザイン。



ひとつ隣が、鏡女王(かがみのおおきみ)忍坂墓。
鏡女王は、はじめ天智天皇の妃だったが、後に藤原鎌足の正妻となった人。




さらに奥に、大伴皇女墓がある。
大伴皇女は、欽明天皇と堅塩媛(蘇我稲目の娘)の皇女で、兄弟には推古天皇、用明天皇が
おり、聖徳太子の叔母にあたる人。



短い急坂を登り、尾根道に出る。しばらく行くと、チゴユリの群生を見つけた。



外鎌山に到着。



頂からは大和盆地が見下ろせる。大和三山、金剛山、大和葛城山、二上山、
生駒山などが一望できる。



外鎌山には、南北朝時代に南朝側の山城があった。
地元の武士・西阿(さいあ)が築いたもので、桜井一帯の6つの城のうち、最も東に位置する。
朝倉台住宅への下山道の途中に、外鎌城の石垣とされるものが残っている。



朝倉台住宅のはずれにある登山口に下りる。5合目の標識がある。
公園を抜けて、近鉄の大和朝倉駅にたどり着いた。

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